くじら浜
 夢使い







自分探し   2006年10月03日(火)

人を好きになると切なくなる。時として痛みを伴ない胸を締めつけやがて傷を負う。互いに傷つき傷つけ合い苦悩する。でも人はそれを乗り越えて初めて他人に優しくなれるし自分にも優しくなれる。「優しさ」とは「強さ」だと思う。その強い力で愛は育まれていくんだと思う。

あいにく僕は、あの時それを乗り越えることが出来なかった。強い力で彼女を守ることが出来なかった。あの時を思い出すと今でも少し心が痛むし後悔している。つまりいまだに「あの時」を乗り越えてはいないのだ。

だから書くことにした。書くということは「認める」ことだと思う。悲しさ辛さ醜さ弱さ憎しみ恨み、それらの感情をすべて認めることだと思う。文章にすることによってあの時の感情を蘇生させ、そして噛み砕き呑み込んでしまう。書くということはそういうことで、「文章の力」とはそういうものだと思う。

そして、書き終えた時に見えたもの、それが何だったのか今はわからない。いつかそれを探しにまた旅に出るだろう。








公園とベンチ 8   2006年10月02日(月)

公園にベンチがあった

公園にベンチがふたつあった

ある日ふたつのベンチはひとつになった

ひとつのベンチに彼と彼女が座った

ベンチは笑った

彼と彼女が笑ったからベンチも笑った

いっしょに笑った

雨が降ったらベンチは泣いた

彼と彼女がこないからベンチは泣いた

彼と彼女が座らないからベンチは泣いた

雨に濡れるからベンチは泣いた

雨が止んだのでベンチは待った

彼と彼女がくるのをベンチは待った

彼と彼女が座るのをベンチは待った

でも彼と彼女はこなかった

夕日がおちるまでベンチは待った

いつまでもベンチは待った

でも彼と彼女はこなかった

ベンチは泣かなかった

彼と彼女がこなくてもベンチは泣かなかった

彼と彼女が座らなくてもベンチは泣かなかった

ベンチは泣くまいと思った

もう泣くまいと思った

何があってももう泣くまいと思った

ある日ひとつのベンチはふたつになった

砂場に小犬がきた

小犬を追いかけて少女がきた

ベンチはもしやと思った

もしかしたら彼と彼女がくるかもしれないと思った

ベンチは待った

夕日が落ちるまでベンチは待った

でも彼と彼女はこなかった

それでもベンチは泣かなかった

もう泣くまいと決めたからベンチは泣かなかった

彼と彼女がこなくてもベンチは泣かなかった

彼と彼女が座らなくてもベンチは泣かなかった

少女と小犬が帰って

夕陽が

ベンチを射した

まぶしいと思って

ベンチは

静かに目をとじた



だれもこない公園にベンチがあった

だれもこない公園にだれも座らないベンチがふたつあった

うしろの樹だけがゆれていた。



       おわり。









公園とベンチ 7   2006年10月01日(日)

彼女が公園に来なくなったのはそれからしばらくしてからだった。

ぼくはひとりベンチに座り、そして・・少しの安堵感をもった自分に愕然とした。会う痛みより会わない安堵感に逃げた自分に激しく嫌悪した。

ぼくは彼女に会わなければならないと思った。会って彼女の手を握らなければならない、会ってその髪にいつまでも触れていなければならない。そう思った。ぼくは彼女を守らなければならないのだ。こぼれ落ちた砂はもう掌には戻らない。だけどもう一度少しづつでもぼくが新しい砂を掬って、そしてまた溜めていけばいい。そう思った。

ぼくは彼女の家に向かった。
彼女の家はすぐわかった。

辺りはすっかり薄暗くなっており、彼女の家にもすでに灯りが燈っていた。
曇りガラス越しに彼女の姿があった。おどける弟に何か文句を言ってるような彼女の声がした。久し振りに聞く彼女の声は、いつもぼくと話しているときよりもはるかに若かった。母親がやってきてふたりに何か言ってるようだった。そして彼女のシルエットは消えた。

ぼくはいつの間にか泣いていた。
涙がこぼれ落ち止まらなかった。
悲しさからではなく辛さからではなく、ましてや久し振りに彼女を感じた嬉しさなどではなく、ただ涙が溢れて止まなかった。彼女を初めて見たときのあの胸を突き刺す感情。あのときとよく似た感情がよみがえり、でもその感情が何なのかぼくにはまるで理解できず、激しく嗚咽した。








公園とベンチ 6   2006年09月30日(土)

雨が降るとぼくたちは階段で雨宿りをした。

公園のすぐ横にある古びたビルの一階が銭湯になっており、銭湯の入口の左には大人ふたりがやっとすれ違えるくらいの幅の階段があった。雨に濡れたふたりはいつも5段目の階段に座った。濡れた体を寄せ合うようにぴったりくっつけ、震えながらふたりは降る雨とその雨に濡れるベンチを眺めていた。

黙っていると息遣いさえ聞こえ、だからふたりは黙って互いの息遣いを感じていた。そうすることにより、肌と肌を触れ合うことにより、手を重ねることにより、ぼくたちはお互いの存在を確認し合い、同じ痛みを共有し、傷を舐めあっていた。
あの日以来、会う回数が多くなったのは、会いたいからではなく会わないと不安になるからだった。肌と肌を触れ合い、そうすることでしか不安を解消するすべをふたりは知らなかった。

想いが募れば会いたくなり、会えなければ不安になり、会うと辛くなる。
ぼくたちはもっとわかり合えるはずだった。でも、今はこうして肌を触れ合うことでしかわかり合えないのか・・。でもこれ以上の何をぼくは望むというのか。彼女と同じ感情を分かち合い同じ時間を共有し、しかしこのどうしようもないもどかしさと焦燥感はどこからきているのか・・。

ぼくは彼女の髪を撫でた。
彼女はぼくのその手を触れた。

いつの間にか雨が止んでいた。


   つづく。








公園とベンチ 5   2006年09月29日(金)

公園にも木枯らしが吹き始めていた。
いくら南のくにだからといってもこの時期はかなり冷え込む。
とくにその日は寒かった。

公園でふたりで会うようなっても、ぼくも彼女も時々は以前のように仲間たちと一緒に来るときもある。そんな時は、皆気をきかせて離れた向こう側のベンチに行ったり、公園から出てよそに行ったりしていた。

その日ぼくはひとりでベンチに座り、彼女が来るのを待っていた。
しばらくして彼女は友達と一緒にやってきた。彼女はぼくに見向きもしないで友達ふたりともうひとつの離れたベンチに腰掛け、そして楽しそうにお喋りを始めた。ぼくは黙ったまま彼女がこっちに来るのを待っていた。しかしいつまで待っても彼女はこっちに来ないし、友達ふたりも動こうとはしない。

次の日ぼくは彼女を責めた。なぜぼくを無視したのかを問いただした。
彼女は何も言わず、黙って下をうつむいた。いや・・というかぼくの激しい口調に驚いてなにも言えなかったのかもしれない。考えてみればぼくより3つも年下の中学生の女の子なのだ・・
ぼくはすぐ後悔した。たあいもない事でいらだっていた自分と、そんな感情をただやみくもに彼女にぶつけたこと、そしてなによりも彼女を傷付けてしまったことを後悔した。
泣いている彼女を前にぼくはどうすることも出来なかった。ただ「ごめん」と言って彼女の泣き止むのを待つことしかできなかった。

木枯らしの寒い日だった。


   つづく。








公園とベンチ 4   2006年09月28日(木)

彼女は空手の大会が近づくと、その準備や練習で部活が忙しくなり、公園に来るのも少なくなってきた。その分ぼくたちは時々日曜日に公園で待ち合わせをしていた。制服ではなく普段着の彼女は他の中学生に比べると少しだけ大人びていた。ぼくより3つも年下のはずの彼女が眩しかった。

10代のころの3才の年の差というのは相当なもので、ましてや高校生のぼくが中学生の女の子と付き合っているということに、最初は多少の気恥ずかしさがあった。だから公園によく行く仲間以外には秘密にしていた。

ぼくたちは日曜に会うときはよく街に出た。
日曜ならぼくも彼女も街で知り合いに会う確立も少ないと思ったからだ。
街に出るといっても高校生と中学生のぼくたちが喫茶店に入るわけでもなく、映画を見るでもなく、ただ街の中をふたりで歩くだけのデートだった。街の中央にある長いアーケードを歩き、アーケードを抜けるとバス通りを歩き、市役所を左に曲がりレンガの舗道を歩き、人通りの多い川沿いの市場を歩き、洋服屋さんの並ぶ商店街を歩き、たまに本屋により雑誌のページをペラペラめくりながら同じページをふたりで見たり、そして夕方になるとやっぱりあの公園に戻った。

そんなふたりだけの時間を共に過ごしてる内に、ぼくは初めて会った時に見た彼女のあの表情をいつしか忘れていた。いや、忘れたのではなく、いつの間にか胸の引出しの奥の方にしまい込んでしまったのだ。ぼくと一緒にいるときの彼女の笑顔が本当の姿だと無理やり自分を納得させ、しまい込んだ引出しを開けるのが怖くて、それから目をそらしていたのだ。

両手ですくった砂が少しずつ指の隙間から落ちていくように、ぼくと彼女の掌いっぱいに溜まった感情の砂はその小さすぎる掌には入りきれず少しづつこぼれ落ち始めていた。

   つづく。







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