楓蔦黄屋
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2021年11月03日(水) |
乙卯・公開しちゃった |
ワクチン2回目はビックリするほど何事もなかった。
何事もなかったというのはあくまで「熱出なかった」「身体も痛くなんなかった」 という要するに「ワクチンに対する副反応はほぼ出なかった」という意味で、 まあ「なんかだるい」程度で終わった。
しかしその「だるい」が、いつも感じてる「だるい」とは明らかに別種のものだとものすごくわかった。 「身体がなんか新しいものを受け入れてめちゃくちゃ増産してる感じすんな」っていう。
これはこれだけで終わらんぞ、という気はしていた。 体力がめちゃくちゃ奪われているのも感じた。 熱とか出してる余力ないです、と身体が言ってる感じ。
…で案の定、身体の抵抗力が落ちて、 喉をやられ、そして耳をやられた。 それだけで死にそうだった。仕事も遅れに遅れた。副反応なかったのになあ。
私の耳はどうやら「先天性耳ろう孔」の疑いがあるらしい。 胎児の頃、耳を形成する部品たちがどうやらピタッとうまくハマらず、 内部にスキマができてしまっていて、 さらにそのスキマは耳の外につながっている。ピアスぐらいの小さな孔が出口だ。 それが先天性耳ろう孔。
で、そこから雑菌が入り込んだりすると、炎症を起こして腫れる。 腫れて膿も出る。
私は疲れるととてもよく雑菌にやられる。 今回もそのパターンだ。
で、まあ、喉も腫れたけど耳もすごく腫れた。 もらった抗生剤が喉には効いたが耳にはあまり効かず、もっと強いのをもらってようやくおさまった。
たかが耳と喉だがものすごく体力が奪われる。 身体の不調というのはどんなに小さくても負のパワーが強いのだ。 年をとってそれがよくわかるようになった。
私は若い頃からパワーがないほうだった。 「身体弱いよね」と友達に言われても「え!?うそ!?そんなことなくない!?」とビックリしていた。 身体が弱いのは華奢で今にも消えそうな美少女だけだと思っていたからだ。 別に華奢じゃなくても美少女じゃなくても、身体弱いんだな、と実感したのは最近だ。 最近っていうか出産してから。もう8年も前だな。
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大好きなアイドルがお母さんになった。
初めて一緒に写真を撮ってもらった日から、それがなぜか私のひそかな夢だった。 そのときはまだ結婚発表すらしてなかった。 なんでだろう。なんでそう思ったんだろう。 一緒に写真を撮ってもらったのが、私ではなく子どもだったからだろうか。 だから実現したときは本当に嬉しかった。
前例がないから本当に大変だと思う。 グループも、ああ今ちょっと苦しい状態なんだなと、はたから見ててわかる。 応援できることはやってるけど、こちらも心が折れたら元も子もないのでムリはしない。
だけど彼女たちはきっと、「ムリをしない」で成功した前例がないのだろう。 「限界を超える」をいつだって目標としてきたグループだ。
でも子育てはムリがきかない。 子どもにダイレクトに影響が出るからだ。
「ムリをしなくても限界は超えられる」ということを次は見せてほしいな、と思う。 途方もない、というか、それこそ「ムリ言うなよ」って感じの夢だろうか。 でも見せてほしい。それが次の光だと、勝手に思っている。
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「ひとり会議」というアプリを活用している。
クリエイターがシナリオ作りに活用したりもしているらしいが、 私は「私の中のいろんな私」を整理するために活用している。
これが本当に助かる。ほぼ毎日、私の中のいろんな私が会話している。
私の中の私はいま全部で8人もいる。
人が見たらやべえヤツだなと思うだろうか。 でも人は、特に女性は、このぐらいはみんな自分の中にいるんじゃないだろうかとひそかに思っている。
私の中の私たちと会話するだけだが、 これをしなかった前は、朝起きていきなり不機嫌爆発したりすることがしょっちゅうだった。
会話をしていると、私の中の誰が不機嫌なのかがよくわかる。 不機嫌なのはいつも同じ私ではないのだ。 身体の不調、仕事の進捗具合、子育ての心配具合などで変わる。
それを把握し、対処するだけで、全然違う。
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今まで、PMSの症状でなぜ「不機嫌になる」のかがずっと不思議だった。
私の場合は 「過去のいやなことをいつのまにかフラッシュバックさせていて、 まるでその場にいるかのような気持ちになってしまう」というのが 厄介な症状だったが、 それは「PMSそのものを軽くする(PMSに効くサプリを飲む)」というよりは 「その症状への対処療法」のほうがはるかに優先順位が高いのではないかとずっと思っていた。
身体はおそらく、いやなことを思い出させて、私が物理的に動くのを止めようとしている。 私はそれにさからって、感情を爆発させている。 それがメカニズムなのではないかと思う。
そしてその感情を爆発させるのは、時と場合によって 異なる「私の中の私」なのだ。 しかも8人もいる。
彼女たちに名前と顔を与えないまま ぐちゃぐちゃに融合しているような状態で どうにかなる問題ではなかった。 それを実感している。
女性の身体のサイクルはだいたい 1ヶ月に4周期で区切られているが、 その周期ごとに、休眠する(アプリに出てこない)「私」もいたりして なかなか興味深い。
さらには 本音を語る「私」のほかに、「私」とはあまり関係のない「キャラ」もいて それがバランスをとっているのがとても面白い。
漫画を描く脳ってことなのかもな、とふと思う。
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アプリは、「私の中の私」の名前とアイコンをいつでも変えられる。 自分の中の状態をみて、「私」が変えたいと言えばいつでも変えている。
複数の「私」が融合したパターンはまだない。 それはなんだかちょっと危険だなと感じている。
また、会話するのはアプリ内および頭の中限定だ。 これを自分が声を出してやると、さらに混乱して逆効果になる。 1回なんとなく試してみて、めちゃくちゃしんどいことになった。 俳優さんというのはすごいなと、なんとなく感じた。タフでなければできない職業だ。
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「楓蔦黄屋」になって、1年ぐらい経ったかな。 ちょこちょことマメに更新するようになったので、そろそろ公開してもよいかと思い、 ツイッターで地味に公開してみた。
誰か一人ぐらいは、昔馴染みの人が読んでくれるだろうか。 昔とはずいぶん毛色が違うし、頭の中をそのまま垂れ流しているのでポエムみたいだし、 なんか背中ゾワゾワさせちゃうかもな、と思いつつも まあそんぐらいが面白いか、とか思ったりする。
エンピツが続いててよかったよね。ここ、静かで好きだ。
9月が終わる。
こないだ、この日記で8月が終わることに驚いたが 今も書きながらちょっと驚いた。
9月はいろいろと忙しかった。記憶がない。 いろいろと考えて、再構築することが多かった。 実りのある月だった。そして脳のエネルギーを使い果たした。 ボーッとしている。それでもいろいろ終わらせた。次へ進める。えらいと思う。
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夏も終わりを見せて、秋が始まっている。 また、1年で一番好きな季節が来る。
「陽の色が銀色になる」という表現は「ハチミツとクローバー」だったかな。 本当に日差しがそんな色だ。 ここから徐々に白く、プラチナ色に変わっていく。 そしてまたひとつ年をとる。
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新しいことに走り出して、もう4ヶ月が経つ。 おかげさまでわりといい感じに結果が出せていると教えてもらってホッとひと安心だ。
脳のどこを使って、何を考えて働いているのか 振り返ってみてもいつもわからない。忘れてしまっている。 幸いわかりやすくあとに残るものがあるが、「よく作ったな」と思う。 どうやって作ったのか、もう思い出せない。
そうじゃないと次へは行けないのかもしれない。
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そんなこんなでワクチンを打った。
前述の通りヘロヘロだったので、まず接種日を忘れていたし、 会場へ着いたら接種券を忘れていたし、取りに戻ったらバスの停留所で降りるのを忘れたし、 もう一度向かおうとしたらうっかりまたバスを逃したし、 案内されたブースと違う場所へ行こうとしたし、 座ろうとしたら椅子につまずくしでもうボケボケのオンパレードだった。 最後の最後は自転車で帰ってきたのだが、よく無事に帰れたと思う。
1回目なので副反応らしい副反応は特になかった。 二の腕が横に動かすとちょっと痛いぐらい。 打った次の日はやたら一日中眠かったがそれはたぶんワクチンのせいではない。
2021年09月20日(月) |
辛未・月と甘い涙(はChara) |
この3日間めーーーーちゃめちゃ頭使って過ごした。
子どもを育てるってこと。 そして 自分が親であることは一生続くということ。
間違うのは能力が低いからじゃない。むしろ逆だということ。
正しく怒ること。 怒りを伝えるということ。
私の気持ちが私のものでいいんだということ。
子どもを解きほぐすことは自分を解きほぐすこと。 少しずつ。
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スピッツのレコードを買った。 「花鳥風月+」だ。
A面を聴いた。 秋のはじまりによく合う。
「スピカ」は結婚式の二次会で、ダンナがサプライズで歌ってくれた (そして友達が演奏してくれた)曲だ。 サプライズをするようなタイプではなかったのでとても驚いたし とても嬉しかった。
「幸せは途切れながらも続くのです」ということを私に贈りたいと言ってくれた。
この人は私のほしいものをなんて的確にくれる人だと改めて思ったのを覚えている。
歌ってくれたときから13年経つ。 幸せは途切れながらもたしかに続いている。
聴きながら口ずさんで泣いた。
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明日は中秋の名月だ。 お団子を作りたい。買うのでもいい。子どもが好きだからだ。
そして一緒に月を眺めたい。一瞬でもいい。
月なんていつでも見られると思っている人に 「では最近見たのはいつだったか」と聞いて答えられる人は少ないと思っている。
月は見ようと思わないと見ないよ。
月に限らず物事全部そうだな。
月を見るとスピッツの「涙」を思い出す。 さっき見ながら口ずさんだ。
2021年09月11日(土) |
壬戌・いのちのよろこびー |
買ったシャモの手羽中にわずかな羽毛を見つける。おうふ。
そりゃ羽毛だって残ることもあるだろうよと思うので 別にクレームをつけようってんでも何でもなく。
でもなんか、とたんに生命の息吹を感じるよね。 あ、これ鳥かと。肉じゃなくて鳥類かと。 しかもシャモなもんだから羽毛も黒くてさ、なんとなく連想するカラス感。
つまんで抜いて流しに捨てるあいだ 全身を駆け巡る、微弱電流のごときゾワゾワ感。
調理しちゃえば肉なので、別にこのことを思い出して食べられなくなったりしません。 まだ途中ですが、キャベツとともにクリーム煮になる予定です。
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そういや「あさりちゃん」でもあったなあ。 鴨をまるごと一羽もらって鴨鍋にする話。 ママがばりばり羽根をむしるのを見てたあさりちゃんが可哀想って泣くっていう。 けっきょくは「食べたら成仏するんだよって夢のお告げで言われてますます食べるようになった」ってオチなんだけど。
今読むと、鴨をさばけるママすごい。全然料理ヘタじゃないじゃん。
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そういや、きのう食べたセブンのおつまみブロックベーコン、あれは美味しかったなあ。 またオンライン飲みの機会があったらぜひ食べよう。 それまでなくなりませんように!
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プラネタリウムに行きたいなあ。
渋谷のコスモプラネタリウム。 ずいぶん前に一人で行って、それっきり。 星を見るのが好きなんだけども、本当の夜空で実際にあんな満天の星空を見たことは …あれ?あるか?あるのか?実家だと冬はかなり見えるな。 でももっとものすごい数の星が見られる夜空を一度見てみたいもんです。
でもプラネタリウムって、本当の夜空とはまた違うよさがありますね。 星座が映るとことか、解説員さんが静かに語りかけてくれるところとか。 あの半球の下で、リクライニングする椅子に腰かけるっていうのがいい。 そして何よりあのでかい映写機がいいですよね。イエナさんです!
2021年09月01日(水) |
辛亥・マニキュアの別の言い方なんだっけ |
iPad。 お手軽に揃えた周辺機器が、あと一歩のところでかゆいところに手が届かず あらためてお手軽じゃないやつを揃える。 むー、充分だと思ったんだけど、充分じゃなかった。
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ずーっと仕事している。あー。
新しく始まったり続けたり終わらせたりを繰り返している。 もうダメだ、と半分虚ろになって立ち止まったらせん階段の途中で奇跡が起こったりもする。
どこまで行くんだろう。どこまで行けるのかな。
とかそんなこと考えても仕方ないので とりあえず今日の夜を気持ちよく寝る。そして明日も起きる。
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セルフでできるジェルネイルを買ってみた。 まだ試してない。 今の爪にはボロボロになったマニキュアがまだはりついている。
なんか写真家の人だったらこういう手もいい感じに写真にできるような気がする。 とか思った。モノクロでね。
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8/31を過ぎた真夜中。8月が終わるのか。そうか。
楓蔦きなり
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