星降る鍵を探して
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2003年09月06日(土) |
星降る鍵を探して4-2-6 |
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圭太とは今日の夕方に別れたばかりだというのに、ずいぶん久しぶりに見たような気がするのは、圭太の姿が夕方とは全く変わっていたからだろう。黒いタキシードに黒いマント、黒いシルクハットに白いマスク。よく大学構内の木の上で見かける『怪盗』スタイルは、馬鹿馬鹿しいほどにあか抜けていた。 ――怒ってる……だろうなあ…… マスクの向こうで、圭太の目が剛を見据える。 剛は観念して、圭太の前に立った。 流歌が心配であるあまり、待てという新名兄弟の言葉を無視し、眠っている圭太を置き去りにして、さらにマイキまで連れて、新名家を出てきたのである。激怒されるのは覚悟の上とはいえ、実際に圭太に見据えられると幾ばくかの気後れは否めない。 しかし圭太は何も言わず、剛から目を逸らして梨花を見た。 怪盗マスクの向こうで目が少し優しくなったのが見える。 「誰にも見つからなかったか?」 声までが違うような気がする。相変わらず女性にだけ優しい奴だと剛は思い、梨花が軽く頷いた。 「うん、大丈夫。流歌も無事、清水さんも無事、新名くんとマイキちゃんは一緒にいる――てことは、『ひとり見つけた』っていうのは、克さんのことなのかしらね? あ、克さんっていうのはあれよ、新名くんのお兄さんね」 と最後の言葉は流歌を見て付け加える。流歌がうん、と頷き、圭太が肩をすくめた。 「お兄さんなら心配するだけ無駄という気がするよな」 「そうね」 と梨花が頷き、剛も頷いた。剛は新名克という男をそれほど知っているわけではないが、怪盗姿をしているときの圭太と同様、変な自信に満ちあふれた男だった。それも根拠のない自信ではなく、しっかりした根拠に裏打ちされているのだろう、と、理屈ではなく思い知らされてしまうような男。単独行動を取っているのは今のところ克だけらしいのだが、なるほどあの男ならひとりで放っておいても大丈夫そうだ。 「あ……でもなあ、梶ヶ谷先生ならともかく、玉乃さんが相手となると、お兄さんもちょっときついかも知れないな」 圭太が呟いたのは、恐らく独り言のつもりだったのだろう。 しかし剛はギョッとした。『タマ』という音に聞き覚えがあったからだ。先ほどまで差し向かいで食事をしていたあのカップルの、男の方はさておき女の方は、剛はあまり信用してはいなかった。今から思えばなぜあそこで食事をする羽目になったのか、どうしてもわからないのである。上手く誘導されたのだとしたら――現に、食事を切り上げて部屋を出ようとしたその時に、『先生』がやってきたではないか――彼女の手並みは驚くほどに鮮やかだった。何しろ食事をして行けと強制された覚えもなく、何気なく、本当に何となく、貴重な時間をつぶす羽目になってしまったではないか。 しかし『玉乃』という名前に反応したのは剛だけではなかった。 剛が宮前と名乗ったあの女を思いだした一瞬の隙に、梨花が声を上げたのである。 「玉乃……さん……!?」 圭太は梨花に鋭い視線を投げた。 「会ったのか?」 「うん」 梨花は脳裏に甦った人影を思い出したのか、ぞっとする、と言うように二の腕に手を当てた。 「白衣を着た、すごい美人の女の人だった」 ――白衣の、女? 「髪の長い?」 と剛は口を出した。流歌があ、というように口を開けたのが目のすみに見えた。梨花が頷く。 「そう、真っ黒の髪。マイキちゃんみたいな。で」 「眼鏡をかけた?」 「うん、そう」 頷いて、梨花は剛を見上げた。 「清水さんも、会ったんですか」 「ち、違うよ」 と口を出したのは流歌だった。流歌はすがりつくような目で、不安そうな顔をして、剛を見上げていた。 「あの人は『宮前珠子さん』ですよ――?」 「本名を告げたとは限るまい」 「でも、」 「ヒールを履いてたよ。赤い奴。で、爪に綺麗なマニキュアを塗ってて、あとそうだ、いい匂いがしてた。高そうな香水の」 梨花が脳裏の人影を確認するように数え上げる。 剛はもともと人の外見にはあまり注意を払わない方だから、宮前と名乗ったあの女が爪にマニキュアを塗っていたかどうか、ヒールを履いていたかどうかということは覚えていなかった。しかしいい匂いがすると思ったのはよく覚えていた。 流歌を見ると、下を向いて、唇を軽く噛むようにして沈黙している。 「須藤流歌」 と、剛は促した。 「ヒールとマニキュア、覚えておるか?」 「……」 流歌は下を向いて応えなかった。でも、流歌のその沈黙は、ひどく雄弁にその質問に答えていた。
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