HIS AND HER LOG

2006年04月11日(火) スカーレットとダンスを

人々に見捨てられたテーマパークの一角に燃え上がった炎をつぐみは見つめていた。マッチやライターが作り出すそれとは違う、ということは明らかだったけれど、誰もがああ、と頷くような定義を見つけることはつぐみには出来なかった。少年の手のひらで煌々とゆらめく炎は彼のエナジーのようであり、とても美しい。つぐみにはそれが赤みがかったオレンジ色に見えたけれど、炎の作り手である沢田綱吉や彼の目の前で今まさに炎に焼かれようとしている六道骸には違う色に見えたかもしれなかった。骸の真紅の右目はオレンジ色の炎に触れて煙をあげる、黒塗りのベンツよりも夜の闇よりも暗い煙は骸の悲鳴と共に天井に昇り、窓を伝うことなく空に消えた。これが昇華なのだ、とつぐみは思った。2人の少年がそんなことをしている間、彼女は同じ部屋で同じ空気を吸っていたけれど、一言も言葉を発しなかったし一歩も動くことはなかった。少年たちもつぐみを気にした様子はなかったし、(というよりも夢中になりすぎてつぐみが部屋に入ってきたことに気付かなかったのかもしれない)だからこそつぐみは炎や煙の色を覚えていられたのだった。それは結果的に六道骸に関する最後の記憶になったのだから、余計な行動を起こさなくてよかった、とつぐみは思った。骸が本当に人の骸のようになったあとすぐに、ヴィンディチェがそれを持っていってしまったから、それ以後彼に関する視覚的情報は入ってこなかったのだ。オレンジの炎と真紅の接触、天に昇る煙、つぐみの中における六道骸の記憶はそんな映像で締めくくられていた。自分のパンドラの箱を開け、異常かつひどく純粋な愛を注ぎ、我が未来を大きく変えてしまったであろう男の結末は意外にあっけないものであった、つぐみは悲しいとは思わなかったが、わびしいとは思った。彼を唯一に愛することはなかったけれど、無関心にもなれなかったのだった。

医者が到着してここ数時間に起こった全ての痕跡が徐々にかき消されていく中で、つぐみはブラウスの胸元をくぐってロザリオを取り出した。後ろで誰かが呼ぶ声がした(きっと沢田綱吉だった)けれど、ほんのちょっとだけだから、と心の中で言い訳して歩き出した。つぐみのローファーはコンクリートの床と当たってもあまり音を発さない。静かに歩を進めていくその姿は、彼女の信仰心を伴って、周りの人間に幾分か神聖なものを思わせたかもしれなかったが、つぐみがそれを知ることはない。数分前に骸が昇華していった場所まで来ると、彼女はひざをつき、ロザリオを握りしめて目を閉じた。黙祷、そこが教会であり、クリスチャンが集まっていればそう牧師が唱えたかもしれない、しかしここは廃墟だったので、あるのは1つのロザリオと1人のクリスチャンの少女と彼女の祈りだけであった。
どうか、六道骸の魂が神に召されますように、そして次の世界では―

目を開けると窓から光が差し込んでつぐみとロザリオを照らした、光が目に当たったとき、痛い、と反射的に感じたのは自分の未来を案じたからなのだろうか。つぐみ先輩、と沢田綱吉の呼ぶ声に振り返り、うん、とだけ言って小走りにその場を離れた。そこで傷ついた人たちは病院に運ばれたのか、彼は平気なのか、と思いをめぐらせていた時、つぐみは彼を置いてこの部屋まで来ていたことに気がついた。そして、ついさっき日光に反射して自分の目を眩ませた、ロザリオの中心で輝く石の紅色を思い出した。


   HOME  


ハチス [MAIL]

My追加