同じ顔をしている、と初めて小夜は思った。自分に馬乗りになって営む阿含の、サングラス越しの目に射抜かれながら、何もかもが正反対な彼と彼の兄のその顔を重ね合わせていた。そうだ、双子だったのだ、彼らは。今更のように思い出して、自嘲に近いため息をつく。何も解かってはいなかったのだと、ただ彼らの周りを通り過ぎただけに過ぎなかったのだと、そう確信し、矮小な自身がひどく情けなくなった。阿含は時々呻くように彼女の名を呼んだり、息を洩らしながら、動物のように腰を振る。その合間合間に小夜を貫きたいがごとくにじっと目を合わせるとき、小夜は彼の瞳の中に雲水を見るのであった。容姿も、性格も全てが相違な彼らの中で、唯一等しい顔のつくり、その中でも特に印象的な強い力を秘めた瞳が、阿含との情交の最中であっても、彼女に雲水を想起させる。なんて事だ、と毒づいてみても、先に均整を崩したのは他ならぬ彼女自身であり、今起こる全ての事象へのどんな悪態も、過去の罪業をもって相殺されざるを得ないのであった。
あの時、阿含は見ていた、そして彼女はそれを知っていた。実際には、それが阿含ではなく、もっと前に別れた恋人であればよかったのに、と小夜はその時思っていたが、阿含がそこに存在することも、あながち意味がないとは思っていなかった。これを期に彼が全てを諦めてくれればいい、と無責任なことを考えていたのである。それは彼女が来るべき数日後にこの国を発ち、事物を風化させるには充分なくらいの時間をおいてしか戻ってこない、という予定された未来に起因しており、気持ちとしてはもうどうにでもなれ、と言わんばかりのものであった。今身体を重ねているこの男も、その弟も、愛すべき元恋人も!向かうアメリカには兄がいる。この世で一番愛しく、美しく、自分の神たる兄が。常に自分を"すくって"くれる兄が。それまでの辛抱だ、もうどうなったって私は知らない。小夜は間違いなく、その時"すくわれ"たがっていた。思うように進まない全てのこと、仲たがい、色恋、天才との約束。何もかもから解放され、自由に泳ぎまわることを望んでいた。だから、彼女にとって、今なされているこの行為はそれらへの憂さ晴らしに過ぎない。そこに多少の恋情と情欲が混じっただけのことだ。そして、彼女の中ではその全ては金剛阿含という男の所為であって、彼女が阿含の透き見を黙認したのも、彼への処罰のつもりだったのかもしれなかった。
計算外だったのは、その1年半後、彼女が再び日本に足をつけるその時まで、彼らの感情が微塵も風化されていないことであった。
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