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2003年01月07日(火) ■ |
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貧乏その2 |
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司馬遷は「史記」で竹馬の友や親族関係を 容易くも壊すのは「利」であると説いていた。 それだけにやはり「お金」が絡むことは、 慎重かつ勇気を持って取り組まねばならぬと、 オレは二十歳を過ぎ、達観した。
日本縦断から2ヶ月が過ぎ、 ようやくお金が少々貯まってきた。 しかし海外1回分ぐらいなもんで、 お年玉なんてもらえるはずないし、 そんなんじゃ満足でけへん。 オレはリーサルウェポンを開放するしかないと結論。 成績優秀で無償で頂いた奨学金50万円を 親から譲ってもらう相談をすることにした。
おふくろはマジで厳しい。 お金に関してはことさら特にそうなのだ。 「ある範囲内で何とかしなさい!!」 それがおふくろの絶対的ポリシーなのだ。 運転免許資金も全く払ってくれへん。 国民年金も払ってくれへん。 入学祝い金は全額持ってかれるし、 育英会奨学金の借金250万円もオレ持ち。 お年玉はなし。 4年間実質仕送り3万円。 ほんまに甘くない。 だから勇気を持って小細工ナシのもろ単刀直入に 「お金のことなんだけど」と電話で切り出した。 少々口論になった。 だけど絶対こっちも譲れなかったので、 言い返した。 おふくろ思いっきり不機嫌になってたけど、 なんとか交渉成立にこぎつけれた。
ふぅ〜 おふくろはまだ根に持っていた。 オレが学校推薦で横浜市立大学に行かなかったことを。 高校の時成績が良かったから、 市大の推薦取れることがほぼ確実であって、 なのに、推薦を取らずに一般受験に身を捧げ、 あげくに市大よりも偏差値の低い私大に入学したことを。 市大に行けばたぶん4年間で160万円ほどの授業料で 済んだのだ。 今の6分の1程度の出費で良かったはずだ。 親としてはそっちのほうが大助かりだろうね。
まあこれで旅ができる。 いよいよ動き出すかな。
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