dear friend of friend

2006年05月18日(木) 覚悟のなき者の走り

覚悟決めなければと思う
何も語らず
何も思わず
何も見ず

生きていけたらそれはそれで平穏な日々だろう
だがね

全てを語り
全てを思い
全てを直視して
己をさらけだしていけば
世の中はやさしく
人は守ってもくれるだろうさ
でも傷は負うそれはもう己が魂を砕くほど
しかしそれをしないまま恐れるな
走るんだ
暗闇を
目をつぶって

その覚悟を決めなければ



2006年05月07日(日) 趣味は旅です。。。

ゴールデンウイークでした。
長期の休みとなるとなんだかんだやりたい事を徹底的にできて楽しかったです。

まあ色々思い出しても書いてもいいのですがそうするとこのページの趣旨に反するので思うことを1つ

このゴールデンウイーク中に片道7時間ほどかけて
大阪我孫子から兵庫明石まで帰っていたわけですが
自分が着実に1年、歳をとっているのか旅をなめていたせいなのか
非常にしんどかったです。
特に2日めの帰り(実家には一晩だけ泊まって帰った。)
明石から神戸についた時点で午後4時ごろで
淀川を越えた頃にはすっかり暗くなっていたのさ
そしてどこでどう間違えたのか道に迷ってしまい
(どこで迷うねんという方もいますが車と自転車の走り易い道はちがうんですよ。)
川沿いを橋を探して走るはめになり結局大阪の中央市場の辺りに出くわしました。

まあその時の話なんだが
すでに5時間くらい走っていて昨日の疲れもあり、ほんの少しも走りたくない気持ちと
どこだか分からない不安と
こんなところで寝たくはないという変なプライドと
そんなものにはさまれて不安で不安で
ものすごい孤独だったんだ
肉体的にはぼろぼろなもんだから精神的にもかなりきていて
なんだか自分で自分を見ているようなあきらめた気分が
体中を支配していて
これが孤独って奴かと冷静に感じてだんだは
これがよく知ってる大阪じゃなくて
もっと遠くならどれほど良かったかとか思いますね
まあだからなにが変わるかといわれれば変わらない気もしますが

そんなこんなで家に帰ってきたわけですは
そこでは勿論1人暮らしなんで1人ですわな
で思ったのは
孤独ってのは別に恐れるものでもないと
こんなもんだとすごい思ったんだは
もっともっと僕は僕の為に生きていける
そのように感じましたは

ほとんど期待せずに自転車をこぎはじめたんだが
教えられるものはあったね。
楽しいのみいい、すばらしいのもいい
正しいのもいい、偉大なのもいい
誰かのため、何かのためもいい
それでももっと自分を知るのもいい と思うんだは
何もできない気がしているけど
自分をもっと楽しませることはできる。
できる。



2006年04月30日(日) 大人気ないが

昨日とおととい研修でした。
研修でビジネスライクだとかやさしさがないなどど言われました。

やさしいとは何ぞやとか思ってしまった。
この手の忠告はわりと素直に聞けるのだがひさしぶりに引っかかってしまった。

自分はやさしい、いい奴になりたいと思っているが
そんな人間には程遠くて、やさしいって事がなんなのかも分からない。
ただね、
誰かにとってやさしいが誰かにとってやさしくないの裏返しであってはならない
とおもうのさ
特別扱いすることがやさしいなら、誰かにだけやさしいなら
やさしい人間なんかじゃなくて単に気の利く人間なだけで

でもでも誰にでもやさしい博愛なんてものは僕にはなくて
ただただ偽善を貫けば善になるではないが
気の利いた事をやり続けてやさしい奴と呼ばれればよいなー
と思っているんだが、
内面的にはもっと崇高なやさしいさを求めていたい気持ちがあって
すこしは博愛的な気持ちが分かればいいなーと思ってる。
もちろん今はまったくその気持ちがないけどね。

でもでも単純に気が利いてるだけでやさしいというのなら
そのやさしさだけを求めれれるのなら
あまりにも安易過ぎるきがするね
せっかくの人生だから多少深い哲学や苦しみ
がないと暇つぶしという至上の快楽が見えませんよ。

俗物の僕が言ってもあまりにも説得力がかけるけど
まあ僕のことは置いといて、
やさしいことが人に恨まれるくらいの人助けであるという
やさしさであること。その方がやさしいと思う。
それくらい心にやさしいことは表面的にはきついものだと僕は思う。
きつい現実にこそ希望の光があると思う故に

大人気ない反論か


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