ちゃんと話そう 話さないと伝わらない
キチンと話して キチンと分かり合えれば それでいい。
それだけでいい。
2007年06月06日(水) |
生きることは善なること |
もし僕が生きていることで 世の中が良くならないなら嘘だと思う。
人間ってのは多かれ少なかれ世の中をよくするために生きるべきだ その方法だったり よくってのがよくわかないから 色んな対立があってよくはならないと思うんだけど
すこしづつ良い方に向かって人間は生きていると思いたい。 というかじゃないと嘘だと思う。
僕が生きていることで誰かにほんの少し役に立てるなら それこそが生きている意味だと思う 逆に誰かを傷つけているなら それは間違っているんだと思う
誰もがそうさ。 きっとそうさ 人は人を、地球を、未来を良くするために存在していると思う。 だから希望はある。 その為に絶望をキチンとしないといけないのかな いつもまよいながら生きている。
いつまでこの日記を書き続けるのだろう? とか少し悩むけど、まあいいよね。僕には必要なことさ。
さててと 人生ってなんですか? いきなりで申し訳ない。 でもさ福祉の仕事をしているとどうもしょもなく死というものと 向き合わないといけない。 とくにウチの会社のように低価格の福祉であると お客は低所得者で、ややこしい家庭のところも多い。
昨日、出社したら、土曜日の夜に入院した人が危篤ですの連絡。 15分後に病院に着いたら既に亡くなっていました。 その後6時間くらいずっと遺族と病院と警察(検視にきたのだ)と葬儀屋 の間でメッセンジャーをするはめになり正直めんどくさかった。 遺族はそれなりに悲しそうだったし こんなキチンと手配やら説明したことなんて一度もなかったらから 新鮮でもあった。 遺族と故人は色々あって、あんまし連絡を取りたくないような関係で だから悲しそうな姿をみるのは少し意外でした。
僕はまた全く悲しくなく。しんどいなーって感じでした。
今日出社すると、系列のマンションでまた1人亡くなっていました。
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