華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2008年08月02日(土) like a boy,like a spy. 〜A false reason〜 |
<前回からの続き> 横幅の大きな俺は、映画好きとはいえ小さなシートに押し込められるのは少々苦手だ。 俺は凝り固まった身体を解すように背伸びしながら、アキに問いかけた。 「アキちゃん、この後時間ある?」 「…ええ、何か?」 「どうせなら、晩ご飯食べようよ」 「良いですよ」 俺はアキを連れて、夕食に繰り出した。 映画館近くのイタリアンレストランでの注文後、俺は切り出した。 「アキちゃん、本名?」 「違いますよ…本名は嫌いなんで秘密です」 「アキってさ、確か昔のボンドガールの名前だよね?」 「…よくご存知ですね!」 007シリーズ初期の作品で、日本が舞台となった物語があった。 その中で登場する日本人ボンドガールの一人が「アキ」だった。 荒唐無稽な展開に賛否両論の作品だが、俺は気に入っている。 俺がたまたま覚えていたその話題を出すと、アキの表情が緩んだ。 この話題になると、旧作から新作までの物語の筋書きから撮影エピソード、 さらにはちょっとしたトリビアまで、朗々と話し続ける。 俺は相手の話を聞くのは嫌いではない。 左手首には、小柄で細身のアキに不釣合いな大振りのガラス玉。 よく見ると、オメガ007バージョン。 限定品だ。 「あ、これ?ボーナスはたいて買っちゃったんですよ」 ほとんどの作品でアップで映り、秘密兵器として活躍する腕時計。 そのレプリカらしい。 「アキちゃんの手首には大きすぎるね」 「でも、これで良いんです。女物の小さい時計は嫌いなんで」 「でもさ、どうしてそこまで女でいる事を嫌がるの?」 「聞きたいですか?」 アキは挑戦的な瞳で見上げ、俺を見据えた。 俺も正面からアキを見つめ、アキに迫った。 「聞きたいね、ぜひ」 「変わった人ですね」 「よく人から言われるよ…好奇心旺盛と言って欲しいね」 「いい言い方しますね」 「ボンドも、女の身体と機密事項にはすぐ食いつくでしょ?」 「まぁ、確かに」 アキは低い声で返答すると、ふっと頬を緩めた。 「女でいる事に、すごく違和感があるんです」 「それって、俗に言う性同一性何とかってやつ?」 「そこまで深刻なものではないと思うんですが、とにかく嫌なんです」 幼少の頃に大きなトラウマがあったのか、アキはこれ以上語ろうとはしなかった。 「俺はさっきも言ったけど、すごく女性として素敵だと思うよ」 「どこがですか?」 「聞きたい?」 そう問うと、アキは俯いて黙ってしまった。 しかし俺は、彼女が単に女という性を否定しているだけではないと悟っていた。 話を切り替えての食事後、俺たちは店を出た。 「今日はありがとうございました」 「いやいや、俺もいい時間だったよ」 「では、私はこれで…」 俺はこの瞬間を狙っていた。 店の駐車場で、アキの手首を掴んで引き寄せ、正面からいきなり抱きすくめた。 そしてアキの首筋に顎を乗せ、彼女の匂いを吸い込んだ。 甘い、男には醸し出せない女の匂い。 突然の襲撃。 動揺するアキは甘く可愛い声を漏らした。 「はぅ…」 俺は誰にでも、こんな大胆で暴力的なハグはしない。 それも、ある確信があったからだ。 アキの耳元で、声を低く落として静かに囁いた。 「甘い、女の子の香りだね…」 「…?!」 「どんなに男っぽく振舞ってても、この匂いは女の子のものだ」 「…」 「俺、気付いてたんだ…君が誰よりも魅力的な子だって」 「…?!、…?」 「この後、もっと甘いスイーツ、一緒にどうかな?」 「…?」 「あまりの甘さに、身体の芯から痺れてしまうような…」 アキは何とか俺を突き放し、逃げるように立ち去っていった。 彼女が『女』になっているという俺の直感。 俺が囁いていた時、俺の上着をきつく掴んでいた。 何かに耐えるように… 何かに流されないように… おそらく、間違いなかった。 |
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