2007年01月18日(木) |
工藤公康「僕の野球塾」 |
先週、プロ野球の工藤公康投手が横浜ベイスターズに移籍することが 発表された。 横浜ベイスターズファンの私にしてみるとこの移籍は素直にうれしい。 工藤投手がかつて西武ライオンズに在籍していた頃はライオンズファン だったから、という事もあるが、今は個人的に工藤投手のファンだから である。
横浜は今季、門倉投手が巨人にフリーエージェントで移籍し、その 代わりにクリーンナップを打っていた中心選手の多村をホークスに 移籍させる代わりに寺原投手をトレードで補強し、更に工藤投手を 獲得したわけである。
この2投手が加入したからといって、すぐに元々選手層の薄い横浜ベイ スターズの投手力が格段にアップするわけではないけれど、ベイスター ズファンにとっては、もしかするとこれは数年後には9年前の優勝の再 現が起こるんじゃないか、と超希望的な観測を抱きたくなってしまう のだ。
なぜなら9年前の1998年に、横浜が38年ぶりに優勝できたのは、マシン ガン打線や、リリーフエースの大魔神佐々木投手がいたからというのも あるけれど、個人的にはその5年前に巨人から駒田選手が横浜に移籍し た事が大きかったんじゃないのかな、と思うからである。
巨人時代に勝ち方を知っている駒田選手が、当時若くて伸び盛りだった 石井や鈴木尚典たちをひょっとするとひょっとするかも?と思わせた事 が、あの38年ぶりの奇跡的な優勝に導いたんじゃないのかな、と思うの だ。
しかし、その横浜優勝時代の選手で、今もスターティングメンバーに 顔を出しているのは、三浦投手、石井選手、佐伯選手くらい? この9年間でどんどん世代交代は進んだが、その一方で勝ち方を忘れて しまった気もするのだ。
今回、野手で仁志選手、投手で工藤、寺原の両投手が加わることで、 横浜ベイスターズの選手たちの中で何か化学変化が起きてくれたら いいなあ、と思うのだ。 監督も、9年前の優勝の礎をつくった大矢監督になったわけだし。 って、今公式サイトのコーチ陣を見たら、98年優勝時の波留とか、 進藤がコーチに就任していたんですね。ビックリ。
そして工藤投手には、この先何年でもいいから、マウンドで投げる姿が 見られたらそれだけでうれしいし。 もっとも、横浜って、時に冷たい処置に及ぶことがあるのが気がかり なんだけど。
今回紹介するのは、その工藤投手自ら書いた、野球のトレーニングに ついて書かれた本、「僕の野球塾」 この本は野球少年向けに書かれたトレーニング本、教則本なんだけど、 現在野球どころかボールやバットに触れていない私でも読んでいて結構 面白いと思う本なのである。
もちろん野球をやっている人にとっては、故障の起きにくい投球 フォームの作り方とか、コントロールのつけ方、また走るスピードを 増すための股関節の筋肉のつけ方なんていうのは、とても参考になると 思う。
でも、この本で工藤投手が繰り返し述べているのは、自分でトレーニン グ法を工夫するために「考える力」をつけなさい、という事なのだ。
工藤選手は前書きでこう書いている。
どんな環境下であれ、うまくなる選手が共通してもち合わせてもの、 それが「自分の頭で考える力」です。 僕には子供が5人います。だから、野球を通してだけではなく、いろ いろな場面でたくさんの子どもと接する機会があります。最近の子どもを見ていると、どうもなんでも、「だれかに"答え"を教えてもらおう」 そう思っていると感じることがよくあります。
でも、それでは一方通行で、なにも身につきません。最初はマネから 始めていい。マネができなければ、なぜできないか考えるのです。「答 え」は、きっとそう簡単に見つからないと思います。考えているうちに、 イライラしたり悩んだりもするでしょう。それでいい。
そうやって自分で見つけた解決方法は、うまくなるためにはもちろん、 さまざまなピンチの場面でも必ず生きるし、きっと人生にも役に立つと 僕は思います。
ベテランといわれるようになって、若い選手にアドバイスする機会が 増えましたが、そのとき必ず「ひとつのことを教わったら、少なくとも 五つの練習方法を自分で考えろ」と伝えるようにしています(略)
工藤選手のこういう気持ちが、横浜ベイスターズの若手のピッチャー だけでなく、選手たちに伝わってくれるといいなあ、楽しみだなあ、 と思うのだ。
もう1箇所だけ、この本の中で珠玉だと思った文章を引用させて頂く。
よく「センスがないからダメなんです」と悩む子がいます。 「センス」とは、いったいどんなものだと思いますか。 感覚? 感性? であれば、「センス」という言葉を使わずに、はっきりそういえば いいですね。 生まれもった才能? 親から遺伝的に受け継いだ筋肉の強さ、足の速さというものはある でしょう。でも技術系のものを、最初からなにもせずできるようになる 人など、だれ一人いません。また、技術がすなわちセンスのことだと したら、「やり方」さえわかれば、だれでもできてしまうはずです。 いま、だれでもパソコンを使うことができるように。
「センス」という言葉が指し示す本当の意味は、"調整する能力"です。 「調整する」というのは、体の動きもそうですし、速さや筋肉の使い方 などもそうです。
簡単にいえば、目で見た情報から、「なるほどこうやって動けば、こ ういうことができるんだな」と理解し、その動きを再現する力。それこ そが「センス」と呼ばれるものの正体だと僕は考えています。視覚情報を そのまま自分の神経から伝達させて、自らの筋肉をそのとおりに動かす ことができる。見たプレーをすぐにマネできる。これが「センスある」と いわれる状態です。
このように「センス」とは、自分の目で見たその動きに近い動きができ るよう、"筋肉を調整する能力"のことだとすると、センスは「ある」とか 「ない」というものではなくて、「磨くもの」でしょう。小さいときから、 そして、ふだんからそういうことを意識して、考えて、目で見たその 動きをすぐにマネして……そのくり返しをどれだけやってきたかが、 「センス」の差なんだと僕は考えています。(略)
もし機会があったら、「センスがあるからそんなにすごいプレーがで きるんですか?」とイチロー君や松井秀喜君に聞いてみてほしい。絶対 「さあ?なにそれ?」と答えると思うよ。「僕はセンスでここまできまし た」という人など、一流選手の中に一人もいないと僕は思います。
イチロー君は「天才」だといわれますが、彼のようにバッティングケー ジの中にこもって、二時間も三時間も、フルスイングでひたすらボール を打ちつづけることのできる選手など、ほとんどいません。プロでも ふつうのレベルの選手なら、30分程度でバテてしまうでしょう。
そしてイチロー君はただ打っているだけではない。一球一球に試合の ときのように集中できる。そんな集中力をもった選手はほかにいませ ん。たしかに目で見た動きを再現してしまう「調整能力=センス」には 優れているでしょう。でも彼が本当にすごいのは、「センス」よりも、 むしろこうした点にほかなりません。
トライしてみて、まずは結果を出してみる。その結果が悪ければ、 どこを直して、次になにをなすべきかを追求し、目標に向けて努力を つづけていく。振り返るのはマイナス思考ではなく、ただ反省するため にだけ。反省したら、あとは前しか見ない。そういうことが大事だと、 僕は思います。
「センスがあるかないかなんて自分とは関係ない。いまは"調整能力"を 磨くんだ」 それだけを考えて、ふだんから実践する。だれかがいい動きをしていれ ば、すぐにその動きをマネしてみる。そういう意欲がないと野球はうま くなりません。その努力を「センス」という言葉で片づけてしまうのは、 とくに子どもたちにとっては非常に怖いことであり、なによりもったい ないことです。
と、非常に長い引用になってしまったが、この「センス」についての 工藤選手の意見って、野球に限らずいろんなことに共通するんじゃない のかな、と思うのだ。
そして子どもに限らず「センスがない」と考えてしまうのは、耳が痛い 事でもあり。 センスがないことを嘆くよりも、どうやったらセンスが磨けるかを 「考えて」「実行する」ことが重要なんだよなあ、というのは当たり前の ことかもしれないけれど、この言葉を、プロ野球選手の中でも特に 体格に恵まれているわけでもないのに、45歳になっても現役でやって いる工藤選手から聞くと、すごく説得力が感じられるのだ。
また、野球に限らず何かに本気で取り組んで、モチベーションが高く 何かを工夫していれば、多分脳の中でブレイクスルーみたいなものって 起こりやすくなるんじゃないかな、と思うんだよね。
私自身、自分が取り組んでいるものが上手く行かない時(それが恋で あっても)時々ネガティブな思考になることもあるんだけれど、でも それよりは、どうやったらもっと自分の「センス=調整能力」が磨けるの か、その方法を創意工夫していきたいと思うのだ。 今季の工藤投手と、横浜ベイスターズの活躍を期待しつつ。
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