月香の創作ノート
水瀬 月香



 月光浴・・・外法帖(天戒主)【完結】

冴え冴えとした月の光を浴びながら『あれ』は
痛いほどに冷たく凍えた滝の水に腰まで浸かり
静かに瞑目していた。

『あれ』はその少女めいた秀麗な顔に
微かな笑みさえ浮かべており滝の水の冷たさなぞ
全く感じてはおらぬかのよう・・・。
見ている方が凍えそうになる。

元来『あれ』は自分の身体を労ると言う事をしない。
寒さ暑さもさしては感じぬと言う。
確かにどれ程凍りそうに冷たい水に入ろうと
『あれ』が体調を崩した事などありはしない・・・。
だからと言って黙っていられるというものでもない。

天戒は聞えよがしに大きな溜息を吐き
真冬の滝の水に浸かりながら
月光浴を楽しむ『彼』に不機嫌そうに声を掛けた。

『いい加減に水から上がれ・・・、龍・・・』

うっとりと目を閉じ月の光を楽しんでいた彼・龍那は
天戒の少々不機嫌そうな声にふうわりと目を開け
声のした方へ顔を向けた。
そして声の主を確かめると嬉しげに満面の笑みを見せる。
そんな龍那の様子に再び大きな溜息を吐く天戒に龍那は
ことりと小さく首を傾げ不思議そうに天戒を呼んだ。

『天戒・・・?どうかした・・・?』

その心底不思議がっている声に
全身の力が抜けそうになるのを辛うじて堪え、
天戒は今一度同じ言葉を繰り返し告げた。

『いい加減に水から上がれと言っている・・・、龍』

傍で見ているだけで凍えそうだと言うと
龍那は不思議そうにしながらも大人しく天戒のいる岸へと
近付きほとんど水飛沫を上げる事無く岸に上がる。
そして近くの枝に掛けた布で手早く体を拭き
同じように枝に掛けておいた夜着に袖を通すと
ふぅわりと柔らかな所作で天戒に向き直る。

優雅な、まるで舞でも舞うかのような優雅な所作に
天戒の意識も一瞬龍那に釘付けになる。
しかし小さな憤りがそれを破り、天戒は厳しい顔で
龍那に向き直った。

『龍・・・、何度言えば解るのだ・・・?お前は・・・』

その表情と怒りを押し殺しているかのような
低めの声音に漸く天戒が怒っているらしいと龍那も気付く。
おずおずと上目遣いに天戒を見上げ恐る恐ると言った感で
天戒に問う。

『えっと・・・あの・・・。天戒・・・怒ってる・・・?』
『・・・・・・』

天戒はその問いに無言を通す事で応えを返す。
龍那は萎れた花の様に項垂れ素直に謝る。

『・・・・心配させてごめんなさい・・・』

龍那が心底悪いと思って謝っている事を感じ
天戒としてもそれ以上怒りを持続させる事も出来ず
深い溜息を憤りと共に吐き出す。
そして恐らくは言うだけ無駄と思いつつ言葉を紡ぐ。

『・・・龍。お前が月光を浴びるのを好む事は承知しておる。
この那智滝で行水する事を好む事も・・・な。
だが、この真冬にまで水に入ることもあるまいが・・・』

心の底から呆れたと言わんばかりの天戒の声音に
龍那は幾分拗ねたように唇を尖らせいいわけをする。

『・・・だってここの水は【優しくて】気持ちが良いんだもの』

天戒と龍那の間で幾度も交された会話。
龍那は『優しいから』という理由で良く那智滝で水浴びをする。
それも月の在る夜を最も好んで・・・。
それは春でも夏でも秋でも変わらず・・・。
いくら何でも真冬になればするまいと思っていたが
龍那にそれは通用しなかったらしい。

もう一度深い溜息を吐くと天戒は幼子に言い聞かせるかのように
ゆっくりと言葉を紡ぐ。

『・・・龍・・・。せめて冬の間は止めよ・・・』

夏場ならばいくらでも付合ってもやるが・・・という天戒の言葉に
萎れた花の様だった龍那の顔に満面の笑みが浮かぶ。
そして天戒の着物の袖を握り締め言質を取ろうと問い掛ける。

『ほんと?夏だったらほんとに天戒も一緒にしてくれるの?』

その様はひどく幼くて天戒のみが知る龍那の姿。
天戒にだけ見せる幼げな様子に小さく苦笑し
ひやりと湿った髪を梳いてやりながら頷いて了承する。

『あぁ・・・、夏ならば・・・な。だが今は屋敷に戻るぞ。
このままではいくら何でも風邪を引きかねんからな』

そう言いながら龍那を促し屋敷へと足を向ける。
大人しく天戒に従い屋敷へと向かいながらも龍那は
約束だと繰り返し口にする。


その約束は今だ果たされてはいない・・・。

鬼哭村の最奥に位置する九角屋敷の一室。
柳生宗崇と黒繩翁との戦いから半年が過ぎ、
天戒は1日の大半をこの室で過すようになった。
季節は既に夏を迎えようとしていた。

新年の挨拶の後円空和尚に呼ばれ竜泉寺へ向かった龍那が
鬼哭村へ戻ってきたのは半月後の事だった。
全身に裂傷を負っていた龍那は天戒の腕の中で
意識を失ってからこの半年、龍那は今もなおこの室で
死とも見紛う深い眠りについている。

傷は疾うに癒えたというのに龍那の意識は戻らない・・・。
天戒は習慣となった村の見まわりの刻限以外の刻を
ここで過す。
その日あった些細な出来事などをまるで龍那が
聞いているかのように語りながら・・・。

『龍・・・、もう夏になるぞ・・・?
約束だと騒いでいたのはお前だろう・・・?』

ただただ眠り続ける龍那の髪を梳きながらいつかの約束を
口にする。

『なぁ・・・?龍・・・?今宵の月も見事だぞ・・・?』

応えの返らぬを知りながら、なおも天戒は言葉を紡ぐ。
そう呼びかけ続ければ龍那が目覚めると云わんばかりに。
一人月を肴に杯を傾けつつ天戒は時折龍那に瞳を向ける。

『早く帰って来い・・・、龍・・・・。
共に月浴びをすると言ったのはお前であろうに』

苦笑と共に天戒は手を伸ばし龍那の前髪を軽く引く。
月明かりに照らされ眠る龍那の顔はとても安らかで・・・。
天戒は龍那が目覚めない事への哀しみと
龍那の眠りが安らかである事への安堵を同時に感じる。
片手で龍那の髪を何とはなしに梳き解しながら
もう片方の手で杯を呷り、天戒はまた月を見上げる。

こうして月の光に身を浸していると天戒にも何となく
龍那が月光浴を好む理由が解るような気がする。
月の光は陽の光と異なり熱量はない。
しかし穏やかに包み込まれるような優しさを感じる。
龍那の持つ『癒し』と同質の力を感じる。


『・・・まぁ良いさ・・・。ゆっくりと休むが良い・・・。
俺はここに居ようぞ・・・。お前が目覚めるまでな・・・龍』



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3度目の正直・・・。今度こそ終了・・・。
ちゅうか1番最初に書き上げたものと
随分変わったような気がする〜・・・。
2回目とも違うし・・・無駄に長いし・・・(T▽T)
これで消えたらわしは泣く・・・。

2002年07月06日(土)
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