デイドリーム ビリーバー
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2002年05月06日(月) 「愛してる」って言わない

彼と知り合って、2年。

初めて飲み会で同席した日の印象は
「落ち着いた、いい感じの、お兄さん」だった。


私が遅れて到着した時には、会自体すでに中盤にさしかかっていたから
長方形のテーブルは、真ん中から左右まっぷたつに話題が分かれていて
旅行関係者で占められていた右サイドは
ありがちな、濃ゆーい添乗ネタで盛り上がっていた。

彼は、運悪く(?)テーブルの右角に座っていて
添乗員達は、角の彼を中心に、扇形に顔を寄せ合っていた。


以前にも書いたけど、彼は、この日が初参加で
しかも旅行業界関係者でもないから、話にはまったくついていけないようで
でも、ちゃんと会話に参加していた。

特別おもしろくもないだろうに
楽しそうに、時々、軽い質問なんかもしている。

こういう時、
自己主張したくて、無意味な質問をやたらとする人も、往々にしているけど

彼は、関西人の割に、ただ、静かに笑っていて、
周りにも気を使わせてなくて、
ま、大人としては当然の態度かもしれないけど
でも私は

この落ち着きのない飲み会に、コミュニケーションのうまい人がきたもんだなー
なんて、
ちょっと感心した。
興味もわいた。

「上高地ネタ?私も入れてー!」
「ちがう。アルペンネタ!今年行った?」
「行った行った、先週。疲れたよー」
「雪の大谷どう?歩けた?」
「15分ぐらいだけどね。ロープで規制してた」

気温は?雪の高さは?室堂でとった時間は?

翌日から行く添乗員達の、矢継ぎばやの質問に答えつつ
話題の中心に入っちゃえば、座席の中心にも座りやすいってもんで。

中心ってつまり扇のかなめ。
テーブルの右角。
彼の隣。

下心たっぷりで
「かんぱーい」とか言って、ちゃっかり座った。


これが合コンで、彼が人気者だったら「割り込み女」で感じ悪いけど
メンバーはほとんどが男だったし

ていうか、そんなことには関係なく
ほんとに自然に、「まあ座れよ」って、その席があけられたんだ。
たぶん、無意識的にも、わざと。



そこにいた人達は、みんな、仕事にどっぷりつかっていて
「添乗話」がだーい好きな人達。

私は、初対面でも、誰とでも話せるタイプだし
添乗話に限らずどんな話題でものってくし
逆に添乗ネタばかりだとすぐ飽きてしまうやつだ、ていうのも
みんな良くわかっていて
私自身も「その席」に座りたかったけど
みんなも、私に「そこ」に座って欲しかったんだと思う。
「初参加」君の相手というか、それに近い感じで。


特別何を話したわけでもないし、次、いつ会えるかもわからなかったけど
しばらくはうかれた。
「今年の男ベスト3出現!」って気分で。ただ、うきうきしていた。

次の飲み会に、彼が来なかったら
誰かから携帯番号聞きだして
その席から「おいでよー」って誘うぐらいの気持ちだった。

来なさそうなら、ついでみたいに
「じゃあ、今度二人でお茶でも」
ぐらい言ってみるか、なんて、一人想像して楽しんだりもした。
その場で断られたら
「ふられたー」
って、飲み会にネタを提供してやってもいいなって思っていた。


「恋がしたい」とか
「人を愛したい」とか
その頃私はあまり思っていなかった。
ただ、楽しいデートがしたいなぁって。

私は、男の人を本気で好きになったことがなくて
恋愛に懐疑的だった。憧れてはいたけど。

恋愛している人たちは、ただ自分に酔っているだけなんじゃないかって
少なくとも自分には、恋愛なんて一生できないんじゃないかって

ただ、そんなことばかりをあまり考えすぎると
「恋愛をしたことがない自分」に対するコンプレックスが
どんどんふくらむだけのように思えたので

それならそれでいいや、って
毎日を楽しく過ごせればそれでいいや、って

知りもしない恋愛に思いをめぐらせたり
ありもしない悲劇にうちひしがれるよりは
私は、ただ健康に
好きな事をしながら毎日を生きていこう、って

いつか、もし人を好きになることがあったら
その時はじめて、恋愛について考えよう、って
そんなふうに考えていた。


翌月の飲み会にも、結局、彼は来た。

いろんな人と話している彼を見ていて
ふときいてみた。
「妹いる?」
「あー、よく言われる。なんでやろうな、きょうだいおらんねんけど」

その時、あ、って思った。

だめだ、って思った。


この人、長い付き合いの、仲のいい彼女がいる、って。




他人への接し方で、その人の家族構成が見えるときってないですか。
彼の、女の子への接し方は、妙な構えがなくて
一見、
小さい頃から妹をかわいがって
毎日いろんな話をしているお兄ちゃんに見えたけど

でも、わかってしまった。
長く付き合っている彼女と
小さなことでも、面倒くさがらずに話し合ってきた人だって。
彼女を大切にしている人だって。

この人に対しては
片思いも
ときめくことすらも不毛だって。


それまでは、
彼女がいようがいまいが誘っちゃえって思っていたけど

彼の後ろに、一瞬チラッと見えた彼女の存在感は

どんなノロケ話よりも
どんなうわさ話よりも
どんな現場の目撃よりも

黄門様の印籠なみに迫力があった。

生まれはじめた恋心は、一瞬にしてしぼんで。

例えるなら、暴れん坊将軍に一番最初に切られる悪役。
前奏がなったら、すぐに
サビのメロディーが流れるまでももたずに切られる、雑魚。

こんな未熟な恋心なんて、ひけらかしている場合じゃなかった。
「そこの脇役、早くひけ!カメラに映ってるぞ!」
って、監督の声が聞こえた気がした。




1年後。
私はいつのまにか、彼の友達に昇格していた。
せめて「今年の友達ベスト20」ぐらいに
思ってもらえていたなら嬉しいけど。
でも「今年限りの友達」で終わる可能性も高い、その程度だった。

月に一度、異業種飲み会で顔をあわせる程度。
月に一度、電話で話す程度の仲。
どちらかが飲み会に行くのをやめたら、それで終わってしまう仲。

会うとよく話したけど、話といっても冗談ばっかりで
お互いのプライベートな話は、ほとんどしなかった。
この頃には彼も、エロオヤジが見え隠れしていたし。
(今ほどじゃなかったけど)


そういえば、一度
彼が彼女と7年もつきあっているっていう話になって
ちょっといじわるく「不満は?」ってきいたら
「ないね」
って、おだやかな笑顔で、だけどきっぱりと言われて
「ひょえー」
ってぶっ倒れたら、彼、おかしそうに笑っていた。

この日記を書き始めた頃が、まさにそんな頃で
そう言えばジャンルも「日常」だった。



いつだったか
「ゴスペラーズ、最近売れてきたよね」なんていう話をしていた時
「まあ、歌詞は単純やけどな」って、彼が言った。

「単純?」
「んー、当たり前すぎっていうか…」

その頃の彼らの新曲は「ひとり」っていう曲だった。

“愛してるって最近言わなくなったのは”

“本当にあなたを愛しはじめたから”



彼は、
「たった一人の人」と、もうすでに出会ってしまった人で。
「たった一人の人」と生きていくと、もう決めてしまった人で。
「たった一人の人」を、ちゃんと愛している人で。

「愛してるって最近言わなく」なるぐらいまで、愛してきた人で。

あの歌詞を「当たり前」って言える人。
当たり前すぎて新鮮味にかけるとまで、もしかしたら、感じてしまう人。


私は、バラード調のラブソングが苦手だ。特に、正当な感じのラブバラード。
理由は、単純。共感できないから。

結婚式で歌われるたぐいの、
「愛してる」なんていう言葉が散りばめられた
ひねりも何もない、まっすぐな歌詞は苦手だ。

私はほんとうに恋愛の初心者で。

彼を好きになるまで
男の人をちゃんと好きになったことがなかった。
恋愛をしたことがなかった。

まっすぐにまじめに、愛を歌われても
恋愛を知らない私は、
共感できないで、ただその歌を遠く感じるだけ。


例えば同じミスチルでも
「Everything It’s you」はちょっとひねくれている(?)ので、大丈夫だけど
「抱きしめたい」はダメとか。

藤井フミヤの「TRUE LOVE」
福山雅治の「桜坂」
サザンの「津波」

どれも名曲なんだろうとは思うけど、恋の相手へのまっすぐな歌でしょ。
ダメなんだ。共感できないんだ。わからないんだ。
だって私は、過去をどれだけ振り返っても、まっすぐな恋なんてしてない。




彼とつきあいだして、半年。
その間、彼に「愛してる」とは何度か言われた。
「愛してる」と言われるのは、そりゃ嬉しくて、天にものぼる気持ちだけど
それ以上に
宇宙に放り出されたような寂しさが、同時に襲ってくる。


私は彼に「愛してる」って言ったことがない。
だって私は、彼を、まだ愛していないから。

「愛する」っていう気持ちがまだ、実感としてわからないから。


好きで、大好きで
いつもくっついていたくて、これからもずっと一緒にいたくて
離れているのがどこか不自然で、いつも引き寄せられる感じがして
大切で、かわりがきかなくて

でもまだ「愛して」は、いないんだと思う。


彼が私に「愛してる」というのが
私への愛を、強く実感したからなのだとしても
ただ、私の心と体を柔らかくするために言っただけなのだとしても
どちらにしても

彼がかつて、彼女に
「愛してる」と、実感をこめて言ったことが、絶対にあって

そういう経験の積み重ねが
こうもやすやすと、「愛してる」と言わせているんだと思うと
それが何だか苦しいのです。

もちろん、言ってくれなきゃ言ってくれないで
不満に思ったりもするのかもしれないのだけれど。

だから、不幸だというのでは、決してないのですが。
ただ苦しいのです。


車のラジオから、藤井フミヤの「TRUE LOVE」が流れてきて
彼が、つられて口ずさんだ時

「この曲好き?」ってきいたら
「うん、いい曲やん。宙ちゃんは嫌いなん?」
って逆にきかれた。

“振り返ると いつも君が笑ってくれた 風のようにそっと”

彼が振り返ったところで、いつも笑ってくれていたのは
まだ私じゃない。

そう思ったら、うまく答えられなかった。



「TRUE LOVE」や「桜坂」や「津波」を、素直に好きだと言える彼が
羨ましくもあり

憎らしくもある。



それでも、この間、少し嬉しかったのは
どんな話の流れだったのか
彼に
もっと危機管理をきちんとしなさい、とか、そんなことで怒られていて。
ああそうだ、痴漢にあった話をしていた時だ、確か。

そういうことにかまけるのが面倒だと思っていた私は
ちょっと反発して

「なんでよー」
「何かあってからじゃ遅いやろ」
「何かあったら、その時はその時だって。
 そんな守りの体制じゃあ、おもしろおかしい人生送れないよー?」
「おもしろおかしくなくていいの!安全第一!」
「えーつまらん」
「つまらんじゃない!そうやってふらふらして心配させるから
 俺は将来ハゲるんや」
「何でそんなに心配なのよ」
「そりゃあもちろん、俺が宙ちゃんを…」

で、そこで、彼の言葉が一瞬とまって

「…宙ちゃんが、餌くれ餌くれってねだるペンギンやからや」
とわけのわからないことを言い出した。(ちなみに水族館の帰りだった)


今までだったらこういう場面では、たいがい彼は
「俺が宙ちゃんを大好きやからやろ」
とか、テレもせず言ってのけていたかな、と気がついて

あれ、って思って

「ぺんぎん?」
って聞き直したら
「うるさい!何でもないわ!」
と、ちょっと怒ったように言って
こっちを見もしないし
つないだ手は汗ばんでいるような気もするし

あれあれあれ、って思って、顔を覗き込んだら

「うるさいうるさい、ほらメシ食いに行くで!何がいい?」
と、無理のある話題転換。
珍しく、テレているみたいだった。

ちょっと、ちょっと、「好き」ぐらい言いなさいよー、って思いつつ
嬉しかったのは何故だろう。

そのうち、
「最初の頃は“好き”だの“愛してる”だの言っていたくせに
最近ちっとも言ってくれない」
って不満になるかもしれないけど。

ただこの日は、嬉しかった。

「愛してる」と言わないことが。




私が彼に「愛してる」と言えるのは、一体いつなんだろう。

彼の夢が叶った時なのか
彼と結婚する時なのか
彼との子供を、二人でにこにこ見ている時なのか
もしかしたら、死ぬ直前なのかもしれない。

いつか、実感をこめて言えればいいなと思う。


その頃には、きっと
「TRUE LOVE」や「桜坂」や「津波」を
素直に好きと言えるようになっているような気がする。


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