あたろーの日記
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2007年01月07日(日) あみむめも。

 旧暦11月19日。
 昨夜の日記を今読んで、改行滅茶苦茶だし今日の欄に書いちゃってるし、で、自分で呆れながら移動させました。まったく。
 今日は凄い風なんだけど青空だったので、文京区の図書館へ落語のCD返しに行き、また落語のCDと、編み物と洋裁の本を借りて、続いて池袋へ。キンカ堂→リブロ→ジュンク堂のコースをたどる。
 キンカ堂では、毛糸売り場と生地売り場を見て回る。毛糸のストックは去年買った物などがあるので、買いはしないのだけど、なんとなく見たくなって。生地も、前に日暮里の繊維問屋街などで買ったものがあるので、特に買うつもりはなかったのだけど、セールのコーナーにて、1m210円でかなり気に入った柄を2種類見つけたので、夏の巻きスカートやチュニックにいいかな、と、各2mずつ購入。と、1m399円の可愛い生地も見つけたので、こちらは手提げバッグでも作るつもりで50cm。・・・とここで思いついた。バッグじゃなくて、ほぼ日手帳のカバーにするのはどうかな。どうしよっかな、と、迷うのも楽し。
 年末に帰省した日、「編み物しようと思って毛糸持ってきた」と私が言うと、母が、「あんた去年編んでいたのは完成したの?」と訊いた。私が昨年帰省したとき、熱出して寝正月になりながらも、実家でちょぼちょぼと編んでいたスカートか膝掛けにする予定だったモチーフつなぎのかぎ針編みのこと。「出来上がってないよ、だから編みかけのをまた持ってきた」と、かばんから去年と同じ毛糸玉と編みかけのモチーフをぼこっと取り出す私。母はそれを見て大爆笑。・・・確かに、2年掛かりで編むかよー、って感じだもんなあ。だけど東京にいるとなんやかやと忙しくて、ゆっくり編み物するヒマもない。毛糸や布買ったりしても、手をつけることなく押し入れの中に溜まっていく。気持ちだけは手作り気分なんだけど。とまあ、母に笑われながら、1年ぶりに編みかけの作品に手をつけたこの年末年始。それでもちんたらちんたら編んでいたので当然終わらず、続きは東京に戻ってきてから。・・・悠長なことしてたら冬終わっちゃうなあ。ちょっと真剣にやらないと。
 ジュンク堂では、父が「新潟の書店でみかけないから、そっちであったら買っておいてくれ」と言っていた松本清張の文庫本を見つけたので、購入。近々、読み終えた他の本と一緒に実家に送る予定。


2007年01月06日(土) 寝ながら更新

旧暦11月18日。      
布団に潜って携帯電話から更新してます。去年散々こき下ろしたこのノキアの携帯、修正ソフトをインストールしたら嘘のようにサクサク動くようになって、不具合はなくなりました。このまま順調ならば大好きな携帯電話になるですきっと。           
ここまで書いて眠くなりましたので寝ます。お休みなさい。


2007年01月05日(金) マスク着用願います。

 旧暦11月17日。
 職場で激しく咳をしている人がいるのだけれど、その人はマスクをつけてくれない。ゲーッホゲーッホと続いている、あれは間違いなく半径5メートルいっぱいいっぱいに菌を飛散させている。しかも狭い事務所内だ。仕方なく、感染予防のためにこちらがマスクを着用していた。
 自分が風邪を引いて何度も咳が出る場合は、必ずマスクをして人前に出るようにしている。たとえ手で口を押さえて咳をしても、その手で書類や備品をぺたぺた触ってしまうんであれば、やっぱり他人には脅威だもんね。
 昨年末、地下鉄乗換駅の神○町駅半○門線改札前にある、ナ○ュラ○○ーソ○に寄ったら、店員さんが、紙パックの飲料の補充をしながら、思いっきり商品に向かって咳をしていた。それも1回や2回ではなくて、もう5秒に1回の割合で。まるで、園芸家がプランターの上から霧吹きで水や養分をシュッシュシュッシュと吹きかけているような感じ。レジにいる他の店員さんの視界に入っているはずなのに誰も注意しないので、こちらから苦情を言おうかと思ったけど、自分が直接被害に遭ったわけではなし、逆にヘンに執念深いおばさんだと思われるのもナンだから黙って出てきた。言うまでもなく、その店に今後一切立ち寄らないことに決めた。あれは食品を売る店とは思えない酷い光景だった。
 咳を激しくしているのにマスクをつけてくれない人に、「マスクしてください」とは言いづらい。家族やごく親しい人には言えるけど、そうでない場合はなかなか。しかも相手が目上ならなおのこと。自分が感染源になりうるとは思っていない人に、感染源だとレッテルを貼るようなものだし。だけどはっきり言いたい。確実に感染源です、と。格好つけてないでマスクしてくれ〜。
 余談。マスクしてると口紅減らないからいいにゃ。
 
 苦情はここまでにして(苦情だったんか!)、今夜は賑やかな飲み会が企画されていたのだけど、帰省中、毎日飲み食いしていたので、さすがに胃もたれ&ウィルス飛散オフィスで仕事しているうちになんだか頭痛がしていたので、金曜日ではありますが、大人しく帰宅。その前に、横浜中華街のお勧め店の地図と情報をネットで検索して実家にFAX。というのも、明日の土曜日、実家の両親と姪ッ子が、新潟からバスで川崎大師と横浜中華街を廻る日帰りツアーというのに参加するからなのであります。大人1人5000円で、朝食と夕食の弁当がつくという、格安&強行軍ツアー。が、中華街はちょうどおやつの時間に行くので、せいぜいブタまんかちょっとした飲茶しかできないらしい。それでも、あれだけ店が並んでいる中華街で、おのぼりさんが右往左往して自由時間をあっという間に使い果たしてしまうのも想像するに気の毒であるからして、ちっとは中華街を知っている私が、余計なお節介で、安くておやつ程度の軽食ができる店と、ブタまんについては、中華街に通っている女性に教えて貰って、美味しい店をピックアップ。しかも明日は低気圧が発達して、台風以上の大荒れになるらしい。そもそも私が雨女なのは両親の雨男雨女を引き継いだからである。昔、1人で中華街に寄った際、雷雨になってしまい、駆け込んだ店がファーストフードみたいな中華のお店で、そこの2階からトンポーロー丼を食べながら往来を眺めていたことがあったので、その店の情報も教えた。残業しているように見えて、実はエクセルに地図と店舗情報をぺたぺた貼り付けていたのであります。出来上がった即席ガイドを実家にFAXしたら、母に感謝された。・・・これも昔の話、私が学業のために東京で暮らすことになった際、入学手続きやらアパート探しやらで両親と上京し、何を思ったか突然父が「横浜に行ってみよう」と言いだし、3人で外人墓地や山下公園をうろつき、最後に中華街にやって来た。が、一体どの店で食べたらよいのか分からず、父のカンである店に入ったのだけど、あれから十数年経って私の記憶にあるのは、その時食べた料理の味ではなくて、テーブルの隣のついたての向こうで、店の人達が輪になって何かの肉をスーッスーッと裂いていたちょっとグロな光景だけです。。。姪っ子には、もっと美味しい記憶を残させてあげたいと思います。
 明日から3連休だ。
 


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