DATE/oyamada linco ∧ 3 - 2004年12月09日(木) 仲間が転んでも決して振り返るな。約束した場所でいつの日にかまた会える。 野田秀樹がだいぶ前だが発言していて、なるほどと思ったのが、「桜の森の満開の下」という舞台で、芝居が始まる前の舞台の上に既に満開の桜があったら、その演出家は能無しだ(要旨)という言葉。パンフレットに書いてあったのか、よく覚えてはいないんだけれど。同名の坂口安吾の小説を下敷きにした「贋作 桜の森の満開の下」という野田秀樹の芝居は相当クールで、面白かった。到底、楽しそうなんて表現の似合わない、どぎつい作品だった。 この言葉をひくまでもなく、東京ドームでの星グランマニエくんの居場所というのは、後々劇中(ならぬGIG中)に語られるだろうとは考えていたが、まず最初は、なんの説明もなくGIGが進行されるであろうと私は考えていた。当たり前である。こういう状況、つまり「ランマ不在の東京ドームを5人でどうやるか」という、不本意ながらもテーマが決まってしまっているこの状況で、いきなり團長がランマはいませえん、もうしわけなああい、なんてMCをする訳がない。それはあまりにも不格好だ。もしそんなことになったら、演出家・綾小路“セロニアス”翔を見損なうところだ。見ている方は、このステージの演出家がランマの事を無視しているんじゃないことを、冒頭の曲がランマ抜きの房総スカイラインファントムだった事から理解しなくてはいけない。これはそんなにレベルの高い要求ではないと思う。 この曲は氣志團のメインテーマといってもよい、そんなポジションを陣取る代表曲で、これをランマが作曲したということは、本当に意外で、そのギャップが面白い。もちろん星くんのファンもこのギャップが生み出すイメージ(他にも酒乱・武闘派などという彼の雰囲気に似つかわしくなさが生み出す“意外性の男”という印象)をいたく気に入っていることだと思う。ただ、彼のことがあまりに好ましく思うがゆえと推察するけれど、一部のファンは、全体的な氣志團のステージのグレードというより、「どれだけランマを特別扱いしてくれるのか」を気にするために、いささか片寄すぎの感想ばかりもらす。それを読んでいると、私はどうしても、彼女らは氣志團のステージが破綻して欲しかったと考えているのではないか、と思える。いや、破綻というより、もっとぴったりの言葉はやはり“失敗”だ。 ランマがいなくちゃやっぱり駄目。その結論は彼女らには最初から出ていて、「さあどれだけ失敗してくれるか」それが見たかったのではないかと感じる。ランマがいないせいでどうにも盛り上がらないステージ、埋まらない客席、いやそれよりも、「ああ、やっぱりダメだったよ」といわんばかりの團長の、アンコールでの憔悴したコメントさえあれば彼女たちは満足したかも知れない。 彼女らの思う成功と氣志團(=團長)の考える成功の違いが生んだ行き違いなんだろう。どんな状況でも最善手を打ち続ける、氣志團團長としての誇りが、彼女らの苛々のもとだったのだ。 のんびりと続く。 ... 2’ - 2004年12月06日(月) 今日は閑話休題。 「ランマのばか」。ここ半月でファンなら1度は口にした言葉ではないですか。しかしこれ、ちょっとわたしには違和感があった。それを人に指摘されました。「それってランマちゃんに甘えてるみたい」確かに。ランマちゃんに駄々こねているみたいで、わたしの気分になんだかそぐわない。そこで提案されたのが、“の”を“は”に変えてみな、ということ。「ランマはばか」。あっ、そーか、ランマちゃんはばかなのだ。そう、「ランマのばか!」なんていうと、まるでランマちゃんが賢くみえていたかのよう。「ランマはばか」。認めてしまうと世界が開けます。よい意味での諦めです。諦めなんてネガティブな事云わないで、なんて云わないでいいのです。これは実際、大変にポジティブな考え方につながります。ランマちゃんはおばかさんなのです。実際この事故、意外でもなんでもなかったわけです。ランマちゃん、お酒で失敗。彼の酒癖はみんな知っていた。「いつかこんなことになるのではないかと」そこのあなたもそう思っていたのではないですか。まあ、よりにもよってこの時期に……とは思いますけれど、そんなバッドグッドタイミングもある種のミラクルです。ランマちゃん的魅力であると、無理矢理定義することだってあり得ないこともない。 分かりやすくいうとこうなる。らんま「いつも厳しい團長が俺のミスになにもいわねーとはおかしい……。 同情のつもりならいらないっす」 だんちょう「ランマ、てめーのせいで東京ドームが失敗するとでも思ってるのか? うぬぼれんなどあほう。 これまでのてめーは実力の何倍もの働きをした。氣志團にとっては 計算外のラッキーだ。お前が酒でやらかすことぐらい計算に入ってた。お前のミスが氣志團を左右することなんてねー。」 團長がランマにこんな厳しい訳ないわな。このくらい厳しい事がいえたら、いいのにねえ。 それにしても、今頃ランマは鹿児島で何してんだろ。また、團長から断酒命令は出たんだろうか。泣きながら「止めます。 今度は嘘じゃないっす」と云ってるんだろうか。 ... 2 - 2004年12月05日(日) よくも愛だのなんだのと、うすぎたないことばを言わせてくれたな。 氣志團は6人。それまでの歴史とか、周りで支える人たちだとか、ファンはみんな氣志團なんですよ、とか言い方は色々ある。だけど、ここで云っている氣志團とはあの6人の事です。6人がいい、というより6人でなければならない。いや、6人でなければ意味がない。と、いうよりも…6人でなければ氣志團でない。今からわたしが云おうとしているのは、この論理って正しいのか? ということになってしまう。不本意ではあるけど、仕方ない。 はっきりいって、上記の論説を支持しない氣志團の支持母体なんてないと言い切ってしまいたいくらい、王道中の王道の考え方ではないだろうか、これは。それこそ、團長本人がこの説の最大支持者ではなかろうかとさえ思える(デビュー当時、氣志團から続々とメンバーが去り、團長だけが残り、「綾小路翔をもって氣志團とす」という状態になる、という未来予想図をレコード会社の偉いさんに聞かせ、それがあまりにリアリティがあったのでみな苦笑いした。という昔ばなしがあるにせよ)。 このお題目さえ掲げていれば、何を云っても許されるという風潮がある。「團長やメンバーが頑張っていたのは分かった。けど、結局ランマがいないあの東京ドームに意味はない」「何をどうしても、5人の力ではわたしの心は高揚しなかった。ランマがいないあの空間はわたしにとってただただ苦痛のみ」「5人で何がやりたかったの? 鹿児島は最高だった」「あんな辛そうなメンバーをはじめて見た。あんなのはGIGじゃない」「團長、何がやりたかったの? 東京ドームで」……「私達は氣志團を愛しているからこそ、東京ドームは最悪だったと感じた。ランマがいないのに、何をしようとしていたの?」 大体こんな感じかな。團長の立場に一瞬でも立つと、この状況はぞっとするくらいじゃおさまらない。堀江社長との対談でも云っていたが、ネット上での團長に対する世論は大変に厳しい。つまり彼女らは(その中には彼らもいるだろうが、便宜上)、11/27、この日は氣志團に家で大人しくしていて欲しかったのだろうか。彼女らは1/6欠けた不完全なモノなんて見たくないと声をあげている。延期するべきだった。ありえないものを見せつけられた。自分たちは傷付いたのだ。……そう云いたいとしか、思えない。それでも彼女らは何かを求めて東京ドームへ行った。それは何だったんだろうか。 私が想像するに、それはおそらく氣志團の失敗である。 当然の如く続いてしまう。 ... 1 - 2004年12月04日(土) 結局のところあなたたちはこう云いたいんでしょう、團長は氣志團を間違った使い方で汚してしまった、と。 ここしばらく、氣志團の東京ドームの馬鹿みたいな感想をたくさん読んでしまい、はっきりいってこのうんざり気分は、ここ数年で一番だった。東京ドームの意味って何、そんなの、東京ドームでやるということ以外に何があるのか。あのでかい空間に氣志團が現れるということそのものが、東京ドームでやるということの意味じゃないのだろうか。少なくともわたしはそう思った。最初に氣志團を見た心斎橋ミューズホールから、人数だけいっても200倍以上。外国米ほどの大きさになった團長をスタンドから見ながら、なんて遠くてなんて素敵だ、とそれだけでわたしは満足だった。 近ければいいと、思う人の気が知れない。それに東京ドームの1列目なんて、距離からいって、ミューズホールの後ろで見るより遠そうだ。近いとか遠いとか、相対的な話で、はっきりいってどうでもいいと思う。メンバーの表情がどうとか、遠ければ見えないものを持ち出されても、わたしはよく分からない。普段メンバーは公演中にどんな表情をしているかだなんて、特に注意したことなどない。私は楽しそうな様子を見に行っているわけではないからね。カッコイイ姿が見たくて行っているわけだからね。楽しそうにしている氣志團なんて、それは後々、小耳にはさんで「なごむね」と思うくらいでよい。公演中はやはり「楽しい」より「面白い」が重要ではないかな。 話を戻すが、批判(非難といってよいか?)されまくっている團長のことである。まるで、團長は目の前の東京ドームをこなすために、とりあえず体裁を整え、誤魔化してしまったのだといわんかの如く、いろんなサイトで、團長は悪口をいわれている。揶揄されている。嫌味をこぼされている。星グランマニエというメンバーがいないまま、愚かにも氣志團のエポックメイキングとなるべき公演を成功させようとする過ちを犯してしまった、罪深い、許し難い、鼻持ちならない、無慈悲な、自己中心的な独裁者であると思われているようだ(一部で)。 対して、ランマちゃんに対する非難なんて、「ランマのバカ〜!」「心配させて……」「やっぱりお酒だったのか」であり、結局、「はやく戻って来い」である。かくいうわたしだって、最初はともかく、ドームで病室からビデオレターを見たり、退院コメントをブログで読んだりしていると、「どうあっても愛すべきキャラクターだという事実」に、気持ちが和らいでしまった。でも、だ。もともと、ここまで気を揉んだのは彼の不注意のせいなんだが、ことここに至って、それを忘れている人が多いんじゃないかと思う。不注意で怪我をし、結局公演を延期に至らしめた直接原因には目をつぶり、團長の対応にその非難の鉾先を向けるファンの多さに、辟易する。 あまりに長いので、分割で書いて行くことにします。 ... - 2004年12月03日(金) ランマちゃん退院&紅白出演なし まあ仕方ないやね。長いことまたやってもらわんといかんのだから、無理は禁物。 今晩か明け方にドームの感想をあげたいなぁ。 ... ほんとうにえらいことなんだ。 - 2004年11月29日(月) 本当にびっくりした。ランマちゃん事件に勝るとも劣らない驚き。南海キャンディーズがM1決勝に! いやっ、なんか他のメンバーも凄い感じよ。今年のM1は危険だ! 個人的には千鳥でいっちょ握ったろかと思ってます。 いやいやいや、ランマちゃんも気になるし、報知が云ってたように、当初は氣志團がドームで休止宣言する予定だったかとか、今現在はどういう状況なんだとか、大阪城ホールでランマもいないのに氣志團を一旦〆る気なのか、それも気になる。なる。なります。しかし、大阪に住んでいる身としては、これはね、M1って奴は特別な行事なのだ。イベントとは云うまい。年末の一大行事なのだ。どんな格闘技だってこの戦い以上に興味をひく大会はない。 それにアレだ。氣志團がどうなるといっても1/19までは分からん。紅白もあるし、のんきに楽しむぞ。大丈夫だいじょうぶ、なにせ團長だ。なんかある。絶対出してくる。まー何もなくても結局氣志團は團長のモノなのだから、團長の思う通りにしていただきたい。ただ、團長の手綱がきかない展開になろうとしているとしたら、それはもう恐ろしいの一言です。 ... 東京ドーム行ってきました。 - 2004年11月28日(日) 席は團長がインディカ米ひとつぶくらいに見える場所から、全体を見渡してきました。よかった、ほんと良かった。最初から、「よくぞ埋まった!」という客席が、團長の執念、氣志團の力だなあと感じ入ってしまった。 ランマのビデオレターもあったし、團長が「本当にごめんなさい。今回だけは許してやってください」というのを見て、ふりあげた拳の行き場を無くしてしまいました。ランマのやつ、團長に愛されやがって。畜生。 GIG自体については、何から云おうか云うまいか、悩みます。ただいえるのは、あの5人バージョンの127は素晴らしかった。ランマがいないから出来たひょうたんからコマ的白い稲妻が実にヤバかった。いやいや。127はペイパービューでもカットされずに流されるのか? いやーもう、あれみただけで往復ともバスで行った苦労も軽々報われたというものです。 どんだけ良かったかというと、私なんかは、アレが見れるんなら、大阪の2daysがランマ抜きでも、「それもそれだな」と思うくらいです。ランマが脱退するとかは嫌だが、あの127が見れるんなら、あと2回くらい、いーじゃないか。それに「夢見る頃を過ぎても」を読んでると、團長のランマ特別扱いが激しいので、このくらい辛いことが彼にもあってよいわよねと思わんでもない。 しかし、あの127in東京ドームを見て、結局5人なりの盛り上がり方を考えてくる團長は鬼なのかも知れない、と思う。ランマと、「ランマがいないんなら延期にしてっ」と思っているランマファンにとって。 ……こんなことを云っている私でも、「ランマ、実はすげー大したこと無くてドームから復帰」という根も葉もない嘘(というか勘違い)に一瞬騙されてすごく嬉しかったり(「ぎゃーまじですか、それってほんとですか」と始業直前に電話口で大騒ぎ)もした訳なので、生粋のアンチ星くんと思わんでください。 それにしても泣く気満々の女子とかいたみたいだが、ちゃんと泣けたんでしょうか。泣くっていうのが一番の精神の高揚と信じてやまない人は必死で泣けるポイントを探せるのでしょうかね。昨日のは、ほんと面白かったし、泣く余裕はなかったが、泣こうと思えばなけたのかな(いきなりランマの映像差し込みなど、團長の演出もわりと良かったし)。しかし泣くやつよりも鬱陶しいのは、「結局泣けませんでした」とかいって、自分が泣かなかったイコール盛り上がりもイマイチでした論法をふりかざす奴である! この論法はいろいろバージョンを変えて、割とよく見かけるので気を付けたい。 ... ∨ My追加 past will Mail BBS ●氣志團現象最終章LAST SONG大阪公演2Days感想&氣志團現象総括……長いので、覚悟して読んで下さい。 ☆井川がたくさん活躍しますように。 ●テキスト●氣志團現象最終章LAST SONG in 東京ドーム のまとめ。……少しつけたしたりしています。 ●「氣志團のバックダンサーについてちょっと考えてみた。」 忘れ去られた座談会企画の焼き直し。あまりに古いので、話題の鮮度が低くてお見苦しいやも。 なにか意見、感想があれば、気軽によろしくお願いします。 ★ここは氣志團総合プロデューサー・綾小路“セロニアス”翔をリスペクトしていたサイトです。 *INDEX*(LINK&占い以外工事中)◎GIGレポート…今までのレポート。しかし未完のものもあり。とりあえず、前回のツアーの対談はこちら。 ◎木更津 in DEEP…氣志團に関する様々な文章、座談会企画など。 ◎めくってがっかり★ゆっき占い…つまり氣志團点取り占い。ネタはかなり古い。リニューアルに向け、刷新する予定。 ◎おやまだアンテナ…そんなアンテナ。 ◎LINK …とりあえず、以下の通り。 氣志團公式サイトSony Music Artiss:氣志團東芝EMI ★氣志團の小説はありませんが、それなりにマニアックな傾向があります。これからいろいろ補完していきますので、よろしく。それにしても「氣志團の小説」というワードにひっかかってやってくる人多すぎる。いや、ランマ事件以降、ほんっとに多いんですけど。私、書きませんからね。ドリーム小説とか、冗談やめてよう。 ☆知らない間にUFOが美味しくなっていました。その他、いろんなカップやきそばを試していますが、総じてみなうまいです。ソース系はUFO以外はあまり意味ないですが、塩系は新しいのを発掘するのが非常に楽しいです。外れがほとんどない! ★たまに氣志團の話をしないときもありますが、実は結構しています。というか最近はしすぎです。しすぎ、しすぎ。 ☆そういえば、世界が100人の村だったら、ってあったなあ。いや、ほんとにあったなあ〜。 ★このサイトは、since2002/4/26〜です。まだまだやる予定なので、ひきつづきよろしくしてください。 ☆微妙って言葉、ほんと大嫌いだ。 ★ところで、このサイトには載っていない、2001年の12/24のイベントのレポが、Hello,Helloというサイトにあります。コレもよければ読んでみて頂戴。 ☆サイトの企画はちょこちょこ考えてはいるものの、なかなか実現化しないなあ…。もう夏ですよね。盛夏ですよね。というか、晩夏ですね………。っていうか、秋じゃん!とかいってたら、もう冬のよそおい。冬真っ最中。とか云ってたら春!春来た! 年とるはずですよ。初夏の前になって、ようやく新コンテンツきた。盛夏きました。でもあんまり暑くないよう。そのかわり残暑がきびしいようです。とかいってたら、秋がすぎ、冬もすぎ、春めいていますよ!といってたら真夏のような6月の一日があり、梅雨だってもうすぐそこです。洗濯物が辛いね。なにが辛いってこの凄まじい暑さですね。でもそれももうそろそろですよ。秋、秋が来る。早く来て!来た来た、そして過ぎた。もう冬らしいが、厳しい冷え込みと無縁。大阪に限らず暖冬モードだ。早起きの身には助かるよ。しかし大晦日から寒くなっちゃった。まいるね。2月もしょっぱなから寒波、寒波でえらいことです。なーんて更新を怠っている内に、もう初夏。そして入梅。入梅ですって、今はもう盛夏も晩夏も初秋も秋真っ盛りも過ぎ、明らかに冬です。更新を怠るとこういう無様なことになります。さむっ。それにしても今年は絶対厳冬ですよ。
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3 - 2004年12月09日(木) 仲間が転んでも決して振り返るな。約束した場所でいつの日にかまた会える。 野田秀樹がだいぶ前だが発言していて、なるほどと思ったのが、「桜の森の満開の下」という舞台で、芝居が始まる前の舞台の上に既に満開の桜があったら、その演出家は能無しだ(要旨)という言葉。パンフレットに書いてあったのか、よく覚えてはいないんだけれど。同名の坂口安吾の小説を下敷きにした「贋作 桜の森の満開の下」という野田秀樹の芝居は相当クールで、面白かった。到底、楽しそうなんて表現の似合わない、どぎつい作品だった。 この言葉をひくまでもなく、東京ドームでの星グランマニエくんの居場所というのは、後々劇中(ならぬGIG中)に語られるだろうとは考えていたが、まず最初は、なんの説明もなくGIGが進行されるであろうと私は考えていた。当たり前である。こういう状況、つまり「ランマ不在の東京ドームを5人でどうやるか」という、不本意ながらもテーマが決まってしまっているこの状況で、いきなり團長がランマはいませえん、もうしわけなああい、なんてMCをする訳がない。それはあまりにも不格好だ。もしそんなことになったら、演出家・綾小路“セロニアス”翔を見損なうところだ。見ている方は、このステージの演出家がランマの事を無視しているんじゃないことを、冒頭の曲がランマ抜きの房総スカイラインファントムだった事から理解しなくてはいけない。これはそんなにレベルの高い要求ではないと思う。 この曲は氣志團のメインテーマといってもよい、そんなポジションを陣取る代表曲で、これをランマが作曲したということは、本当に意外で、そのギャップが面白い。もちろん星くんのファンもこのギャップが生み出すイメージ(他にも酒乱・武闘派などという彼の雰囲気に似つかわしくなさが生み出す“意外性の男”という印象)をいたく気に入っていることだと思う。ただ、彼のことがあまりに好ましく思うがゆえと推察するけれど、一部のファンは、全体的な氣志團のステージのグレードというより、「どれだけランマを特別扱いしてくれるのか」を気にするために、いささか片寄すぎの感想ばかりもらす。それを読んでいると、私はどうしても、彼女らは氣志團のステージが破綻して欲しかったと考えているのではないか、と思える。いや、破綻というより、もっとぴったりの言葉はやはり“失敗”だ。 ランマがいなくちゃやっぱり駄目。その結論は彼女らには最初から出ていて、「さあどれだけ失敗してくれるか」それが見たかったのではないかと感じる。ランマがいないせいでどうにも盛り上がらないステージ、埋まらない客席、いやそれよりも、「ああ、やっぱりダメだったよ」といわんばかりの團長の、アンコールでの憔悴したコメントさえあれば彼女たちは満足したかも知れない。 彼女らの思う成功と氣志團(=團長)の考える成功の違いが生んだ行き違いなんだろう。どんな状況でも最善手を打ち続ける、氣志團團長としての誇りが、彼女らの苛々のもとだったのだ。 のんびりと続く。 ... 2’ - 2004年12月06日(月) 今日は閑話休題。 「ランマのばか」。ここ半月でファンなら1度は口にした言葉ではないですか。しかしこれ、ちょっとわたしには違和感があった。それを人に指摘されました。「それってランマちゃんに甘えてるみたい」確かに。ランマちゃんに駄々こねているみたいで、わたしの気分になんだかそぐわない。そこで提案されたのが、“の”を“は”に変えてみな、ということ。「ランマはばか」。あっ、そーか、ランマちゃんはばかなのだ。そう、「ランマのばか!」なんていうと、まるでランマちゃんが賢くみえていたかのよう。「ランマはばか」。認めてしまうと世界が開けます。よい意味での諦めです。諦めなんてネガティブな事云わないで、なんて云わないでいいのです。これは実際、大変にポジティブな考え方につながります。ランマちゃんはおばかさんなのです。実際この事故、意外でもなんでもなかったわけです。ランマちゃん、お酒で失敗。彼の酒癖はみんな知っていた。「いつかこんなことになるのではないかと」そこのあなたもそう思っていたのではないですか。まあ、よりにもよってこの時期に……とは思いますけれど、そんなバッドグッドタイミングもある種のミラクルです。ランマちゃん的魅力であると、無理矢理定義することだってあり得ないこともない。 分かりやすくいうとこうなる。らんま「いつも厳しい團長が俺のミスになにもいわねーとはおかしい……。 同情のつもりならいらないっす」 だんちょう「ランマ、てめーのせいで東京ドームが失敗するとでも思ってるのか? うぬぼれんなどあほう。 これまでのてめーは実力の何倍もの働きをした。氣志團にとっては 計算外のラッキーだ。お前が酒でやらかすことぐらい計算に入ってた。お前のミスが氣志團を左右することなんてねー。」 團長がランマにこんな厳しい訳ないわな。このくらい厳しい事がいえたら、いいのにねえ。 それにしても、今頃ランマは鹿児島で何してんだろ。また、團長から断酒命令は出たんだろうか。泣きながら「止めます。 今度は嘘じゃないっす」と云ってるんだろうか。 ... 2 - 2004年12月05日(日) よくも愛だのなんだのと、うすぎたないことばを言わせてくれたな。 氣志團は6人。それまでの歴史とか、周りで支える人たちだとか、ファンはみんな氣志團なんですよ、とか言い方は色々ある。だけど、ここで云っている氣志團とはあの6人の事です。6人がいい、というより6人でなければならない。いや、6人でなければ意味がない。と、いうよりも…6人でなければ氣志團でない。今からわたしが云おうとしているのは、この論理って正しいのか? ということになってしまう。不本意ではあるけど、仕方ない。 はっきりいって、上記の論説を支持しない氣志團の支持母体なんてないと言い切ってしまいたいくらい、王道中の王道の考え方ではないだろうか、これは。それこそ、團長本人がこの説の最大支持者ではなかろうかとさえ思える(デビュー当時、氣志團から続々とメンバーが去り、團長だけが残り、「綾小路翔をもって氣志團とす」という状態になる、という未来予想図をレコード会社の偉いさんに聞かせ、それがあまりにリアリティがあったのでみな苦笑いした。という昔ばなしがあるにせよ)。 このお題目さえ掲げていれば、何を云っても許されるという風潮がある。「團長やメンバーが頑張っていたのは分かった。けど、結局ランマがいないあの東京ドームに意味はない」「何をどうしても、5人の力ではわたしの心は高揚しなかった。ランマがいないあの空間はわたしにとってただただ苦痛のみ」「5人で何がやりたかったの? 鹿児島は最高だった」「あんな辛そうなメンバーをはじめて見た。あんなのはGIGじゃない」「團長、何がやりたかったの? 東京ドームで」……「私達は氣志團を愛しているからこそ、東京ドームは最悪だったと感じた。ランマがいないのに、何をしようとしていたの?」 大体こんな感じかな。團長の立場に一瞬でも立つと、この状況はぞっとするくらいじゃおさまらない。堀江社長との対談でも云っていたが、ネット上での團長に対する世論は大変に厳しい。つまり彼女らは(その中には彼らもいるだろうが、便宜上)、11/27、この日は氣志團に家で大人しくしていて欲しかったのだろうか。彼女らは1/6欠けた不完全なモノなんて見たくないと声をあげている。延期するべきだった。ありえないものを見せつけられた。自分たちは傷付いたのだ。……そう云いたいとしか、思えない。それでも彼女らは何かを求めて東京ドームへ行った。それは何だったんだろうか。 私が想像するに、それはおそらく氣志團の失敗である。 当然の如く続いてしまう。 ... 1 - 2004年12月04日(土) 結局のところあなたたちはこう云いたいんでしょう、團長は氣志團を間違った使い方で汚してしまった、と。 ここしばらく、氣志團の東京ドームの馬鹿みたいな感想をたくさん読んでしまい、はっきりいってこのうんざり気分は、ここ数年で一番だった。東京ドームの意味って何、そんなの、東京ドームでやるということ以外に何があるのか。あのでかい空間に氣志團が現れるということそのものが、東京ドームでやるということの意味じゃないのだろうか。少なくともわたしはそう思った。最初に氣志團を見た心斎橋ミューズホールから、人数だけいっても200倍以上。外国米ほどの大きさになった團長をスタンドから見ながら、なんて遠くてなんて素敵だ、とそれだけでわたしは満足だった。 近ければいいと、思う人の気が知れない。それに東京ドームの1列目なんて、距離からいって、ミューズホールの後ろで見るより遠そうだ。近いとか遠いとか、相対的な話で、はっきりいってどうでもいいと思う。メンバーの表情がどうとか、遠ければ見えないものを持ち出されても、わたしはよく分からない。普段メンバーは公演中にどんな表情をしているかだなんて、特に注意したことなどない。私は楽しそうな様子を見に行っているわけではないからね。カッコイイ姿が見たくて行っているわけだからね。楽しそうにしている氣志團なんて、それは後々、小耳にはさんで「なごむね」と思うくらいでよい。公演中はやはり「楽しい」より「面白い」が重要ではないかな。 話を戻すが、批判(非難といってよいか?)されまくっている團長のことである。まるで、團長は目の前の東京ドームをこなすために、とりあえず体裁を整え、誤魔化してしまったのだといわんかの如く、いろんなサイトで、團長は悪口をいわれている。揶揄されている。嫌味をこぼされている。星グランマニエというメンバーがいないまま、愚かにも氣志團のエポックメイキングとなるべき公演を成功させようとする過ちを犯してしまった、罪深い、許し難い、鼻持ちならない、無慈悲な、自己中心的な独裁者であると思われているようだ(一部で)。 対して、ランマちゃんに対する非難なんて、「ランマのバカ〜!」「心配させて……」「やっぱりお酒だったのか」であり、結局、「はやく戻って来い」である。かくいうわたしだって、最初はともかく、ドームで病室からビデオレターを見たり、退院コメントをブログで読んだりしていると、「どうあっても愛すべきキャラクターだという事実」に、気持ちが和らいでしまった。でも、だ。もともと、ここまで気を揉んだのは彼の不注意のせいなんだが、ことここに至って、それを忘れている人が多いんじゃないかと思う。不注意で怪我をし、結局公演を延期に至らしめた直接原因には目をつぶり、團長の対応にその非難の鉾先を向けるファンの多さに、辟易する。 あまりに長いので、分割で書いて行くことにします。 ... - 2004年12月03日(金) ランマちゃん退院&紅白出演なし まあ仕方ないやね。長いことまたやってもらわんといかんのだから、無理は禁物。 今晩か明け方にドームの感想をあげたいなぁ。 ... ほんとうにえらいことなんだ。 - 2004年11月29日(月) 本当にびっくりした。ランマちゃん事件に勝るとも劣らない驚き。南海キャンディーズがM1決勝に! いやっ、なんか他のメンバーも凄い感じよ。今年のM1は危険だ! 個人的には千鳥でいっちょ握ったろかと思ってます。 いやいやいや、ランマちゃんも気になるし、報知が云ってたように、当初は氣志團がドームで休止宣言する予定だったかとか、今現在はどういう状況なんだとか、大阪城ホールでランマもいないのに氣志團を一旦〆る気なのか、それも気になる。なる。なります。しかし、大阪に住んでいる身としては、これはね、M1って奴は特別な行事なのだ。イベントとは云うまい。年末の一大行事なのだ。どんな格闘技だってこの戦い以上に興味をひく大会はない。 それにアレだ。氣志團がどうなるといっても1/19までは分からん。紅白もあるし、のんきに楽しむぞ。大丈夫だいじょうぶ、なにせ團長だ。なんかある。絶対出してくる。まー何もなくても結局氣志團は團長のモノなのだから、團長の思う通りにしていただきたい。ただ、團長の手綱がきかない展開になろうとしているとしたら、それはもう恐ろしいの一言です。 ... 東京ドーム行ってきました。 - 2004年11月28日(日) 席は團長がインディカ米ひとつぶくらいに見える場所から、全体を見渡してきました。よかった、ほんと良かった。最初から、「よくぞ埋まった!」という客席が、團長の執念、氣志團の力だなあと感じ入ってしまった。 ランマのビデオレターもあったし、團長が「本当にごめんなさい。今回だけは許してやってください」というのを見て、ふりあげた拳の行き場を無くしてしまいました。ランマのやつ、團長に愛されやがって。畜生。 GIG自体については、何から云おうか云うまいか、悩みます。ただいえるのは、あの5人バージョンの127は素晴らしかった。ランマがいないから出来たひょうたんからコマ的白い稲妻が実にヤバかった。いやいや。127はペイパービューでもカットされずに流されるのか? いやーもう、あれみただけで往復ともバスで行った苦労も軽々報われたというものです。 どんだけ良かったかというと、私なんかは、アレが見れるんなら、大阪の2daysがランマ抜きでも、「それもそれだな」と思うくらいです。ランマが脱退するとかは嫌だが、あの127が見れるんなら、あと2回くらい、いーじゃないか。それに「夢見る頃を過ぎても」を読んでると、團長のランマ特別扱いが激しいので、このくらい辛いことが彼にもあってよいわよねと思わんでもない。 しかし、あの127in東京ドームを見て、結局5人なりの盛り上がり方を考えてくる團長は鬼なのかも知れない、と思う。ランマと、「ランマがいないんなら延期にしてっ」と思っているランマファンにとって。 ……こんなことを云っている私でも、「ランマ、実はすげー大したこと無くてドームから復帰」という根も葉もない嘘(というか勘違い)に一瞬騙されてすごく嬉しかったり(「ぎゃーまじですか、それってほんとですか」と始業直前に電話口で大騒ぎ)もした訳なので、生粋のアンチ星くんと思わんでください。 それにしても泣く気満々の女子とかいたみたいだが、ちゃんと泣けたんでしょうか。泣くっていうのが一番の精神の高揚と信じてやまない人は必死で泣けるポイントを探せるのでしょうかね。昨日のは、ほんと面白かったし、泣く余裕はなかったが、泣こうと思えばなけたのかな(いきなりランマの映像差し込みなど、團長の演出もわりと良かったし)。しかし泣くやつよりも鬱陶しいのは、「結局泣けませんでした」とかいって、自分が泣かなかったイコール盛り上がりもイマイチでした論法をふりかざす奴である! この論法はいろいろバージョンを変えて、割とよく見かけるので気を付けたい。 ...
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●氣志團現象最終章LAST SONG大阪公演2Days感想&氣志團現象総括……長いので、覚悟して読んで下さい。
☆井川がたくさん活躍しますように。
●テキスト●氣志團現象最終章LAST SONG in 東京ドーム のまとめ。……少しつけたしたりしています。
●「氣志團のバックダンサーについてちょっと考えてみた。」
忘れ去られた座談会企画の焼き直し。あまりに古いので、話題の鮮度が低くてお見苦しいやも。
なにか意見、感想があれば、気軽によろしくお願いします。
★ここは氣志團総合プロデューサー・綾小路“セロニアス”翔をリスペクトしていたサイトです。
*INDEX*(LINK&占い以外工事中)◎GIGレポート…今までのレポート。しかし未完のものもあり。とりあえず、前回のツアーの対談はこちら。
◎木更津 in DEEP…氣志團に関する様々な文章、座談会企画など。
◎めくってがっかり★ゆっき占い…つまり氣志團点取り占い。ネタはかなり古い。リニューアルに向け、刷新する予定。
◎おやまだアンテナ…そんなアンテナ。
◎LINK …とりあえず、以下の通り。
氣志團公式サイトSony Music Artiss:氣志團東芝EMI
★氣志團の小説はありませんが、それなりにマニアックな傾向があります。これからいろいろ補完していきますので、よろしく。それにしても「氣志團の小説」というワードにひっかかってやってくる人多すぎる。いや、ランマ事件以降、ほんっとに多いんですけど。私、書きませんからね。ドリーム小説とか、冗談やめてよう。
☆知らない間にUFOが美味しくなっていました。その他、いろんなカップやきそばを試していますが、総じてみなうまいです。ソース系はUFO以外はあまり意味ないですが、塩系は新しいのを発掘するのが非常に楽しいです。外れがほとんどない!
★たまに氣志團の話をしないときもありますが、実は結構しています。というか最近はしすぎです。しすぎ、しすぎ。
☆そういえば、世界が100人の村だったら、ってあったなあ。いや、ほんとにあったなあ〜。
★このサイトは、since2002/4/26〜です。まだまだやる予定なので、ひきつづきよろしくしてください。
☆微妙って言葉、ほんと大嫌いだ。
★ところで、このサイトには載っていない、2001年の12/24のイベントのレポが、Hello,Helloというサイトにあります。コレもよければ読んでみて頂戴。
☆サイトの企画はちょこちょこ考えてはいるものの、なかなか実現化しないなあ…。もう夏ですよね。盛夏ですよね。というか、晩夏ですね………。っていうか、秋じゃん!とかいってたら、もう冬のよそおい。冬真っ最中。とか云ってたら春!春来た! 年とるはずですよ。初夏の前になって、ようやく新コンテンツきた。盛夏きました。でもあんまり暑くないよう。そのかわり残暑がきびしいようです。とかいってたら、秋がすぎ、冬もすぎ、春めいていますよ!といってたら真夏のような6月の一日があり、梅雨だってもうすぐそこです。洗濯物が辛いね。なにが辛いってこの凄まじい暑さですね。でもそれももうそろそろですよ。秋、秋が来る。早く来て!来た来た、そして過ぎた。もう冬らしいが、厳しい冷え込みと無縁。大阪に限らず暖冬モードだ。早起きの身には助かるよ。しかし大晦日から寒くなっちゃった。まいるね。2月もしょっぱなから寒波、寒波でえらいことです。なーんて更新を怠っている内に、もう初夏。そして入梅。入梅ですって、今はもう盛夏も晩夏も初秋も秋真っ盛りも過ぎ、明らかに冬です。更新を怠るとこういう無様なことになります。さむっ。それにしても今年は絶対厳冬ですよ。