寺本写真館職員日報
寺本写真館



 謹賀新年!

いやぁー、あけましたね。

あけました。



あけましたか。






あけちゃったのね。





…。。。





ついにきたか2007年。

だれだ?

社会に出る年ですねとかいうやつは。






(∩゚д゚) アーアーアー

世間の雑音は聞こえません。(聞かないだけ)

テーマソングはトイザラスのテーマ。
ずっと子どもでいたい成人代表、寺本です。




今年もこんな感じで、正月三が日が過ぎました。




そう。

ただの3日間として。





毎年繰り返される悲劇。






あ、ご機嫌麗しゅう。

(日報書くのは、暇な証拠だと判明)



今日は3日だと思ってたら、もう4日でした。

そろそろ社会復帰の準備をしないと、
去年の二の舞になります。

(去年は12日もかかったよ)




閑暇休題。




さて、寺田君はここのところ毎日、
TSUTAYA某店に働きに行っています。


(もう何年目だ)

(もう6年目だ、長老だ。)


(もはや居なくてはならない存在へ)



特に年末から加速度的にそのinする頻度は増してます。

なぜ、そこまでTSUTAYA某店に入るのか。。。




その理由は…


・免許を取る資金がほしいためでも
・新しいレンズがほしいためでも
・アマゾンでCDを買いすぎたからでも



そのどれでもないのです!!




それは…


それは……




就職すると、TSUTAYAで働けなくなるからだ!



ドーン。
まさかのTSUTAYA愛。





風のたよりでは、


来年の正月3が日は、こっそり遅番で、
      社会人・寺田がレンタルフロアにいる




という噂が。

ほんとかどうかは本人しか知りません。





というわけで、


みんなで寺田に会いに
         TSUTAYAに行こう!


青いチェックの寺田ももう少しで見れなくなるよ!
(予定)





…予定は未定!!

そんな学生18年目の幕開けでした。



ほんだ

2007年01月04日(木)



 ○賀正○

謹賀新年っ!


2007年。

今年は寺本、初心に帰って、

四半世紀を生きてきた整理をして、

んでもって、新たな一歩を踏み出す所存です。





どうぞ、見捨てないでよろしくお願いします。



元日 unit寺本 拝

2007年01月01日(月)



 総括ですよ。2006。

みなさまただいまーー!!!!
(世間ずれした顔で)



ん…?






……??









    _, ._
 Σ( ゚ Д゚)    えっ。
  ( つ旦O
  と_)_)







    _, ._
  ( ゚ Д゚)  
  ( つ O   今日は何日って?
  と_)_)  __
       (__()、;.o:。
          ゚*・:.。







         
    _, ._
 (((;゚ Д゚)))  ガクガクブルブル
 ((( つ O))
 ((と_)_)))















あっ。





(つД⊂) 

(現実逃避)




そんな大晦日。
気づけば一ヶ月ぶりの日報でした。


どうも、みなさまご機嫌麗しゅう。(久々)



そんなあまりの温かさにまだ年末感が薄いですよね。

紅白も勢いが無いし、レコ大は30日だし。
PRIDEは「続きはWEBで!」って感じだし。

来年はもっと日本として盛り上がって欲しいですよね。


そうだ!勢いだ!
勢いが重要なんだ!!!


わっしょい!


さぁ、今年もいってみよう!
寺本の、行く年来る年2006!

(もはや勢いのみ)



まずは1月。

寺本両人、厄年だったのですね。
ほんだくんは、厄払いに行こうとするも、
通行止めでいけず
という幕開け。


泣ける!


そんな中。
日報で寺田は予言します。
「牛丼復活」

しましたねー。

これはナイスですね。

復活してからというもの。
早くもがっついている寺田君の目撃談が数件。

しかし、秋に卒業するという予言が当たることは無かったのです。

変わりに、ほんだの予言。
「寺本共に卒業」

これがあたると言うのだから、人生って楽しいですね。
(ニヤリ)


2月。

ほんだの厄年加速。

○携帯急に壊れた。
○去年作った、卒研ポスターが無くなった。
○研究室PCの調子が急に悪くなった。
○出せたはずの学会資料が出せてなかった。
○原付が撤去された。


世の中は、イナバウアーでした。



3月。

寺田の厄年も発進。

ぎっくり腰、大爆発。

まぁしかし相変わらずののろけ日報に、
ほんだも骨抜きになるのでした。


そんなほんだは。
就職活動さえ満足にできない(しない)日々。
一年後の姿が想像もできませんでした。



4月。

ほんだ君の就活。
奇跡の2社エントリー。

そして2社ともご縁がありませんでした。

ほんだくんの未来は 博士 白紙に。
あぶないあぶない。


寺田君は、余裕の沖縄旅行with嫁さん。



ほんだくんは必死に引きこもりを図りました。
「この頃のほんだ日報は目を背けたくなるほど、ひどい。」
(有力情報筋の証言)



5月。

寺田君、24歳へ。


ほんだ君の厄年、さらに加速。

○就活、全滅。
○研究室においてあるマグカップが無くなった。
○またiPodのイヤホンが右だけ壊れた。
(3回目。4つ目に買い替え。)
○7月の国際学会の事前登録、締切の翌日に気づく。
○消えたマグカップが誰かの使用済み状態で出てきた。
(誰!?せめて洗ってから返して!)

そして。

○助教授から「6月は研究頑張りましょうね」の一言。
(不敵な笑みで。。。就活は!?俺の就活は!!??)

まぁ学会会場であんなことをするんですから、
仕方がないのかもしれませんね。



6月。

寺田が凸版印刷受かりかけます。
(その後、ちゃっかり内定Get。)

そういえば。
このページがどこかのページに似てるなんてのも。


W杯が世間を湧き起こす頃、
寺本はダメ学生のA代表として駆け回っていました。


7月。


24歳になったほんだ君はあちこちに飛びました。

まずは最高学府東京大学に侵入。
現地更新をしてみるという暴挙にでます。

そしてその足で、異文化コミュニケーション@北京。
寺本写真館もついに世界進出です。

ちなみに、いまでも北京の学生さんと、
たまに連絡を取っております。
(電話がかかってきたときは、素でびびった。)


ほんだ厄年は更に加速度を増します。

○参加予定の天文学会@9月北九州、
提出物提出期限日(6月末)に
「やっぱりいいんじゃない?」
という助教授の一言で、参加自体がチャラに。
(いままでの準備もチャラ)

○はやぶさシンポジウム@東大には、締め切り当日に
「出て見たら?」
という助教授の一言で、急遽参加決定。
提出物は全部英語、突貫工事、ぶっつけ作業。

○就職活動、また振り出しに。

○秋にある学会で、急遽学会特別賞にノミネート。
助教授の「出して見たら?」
の一言で決定。



8月

世間は青いハンカチが大ブーム。

このあたりから寺本は人生の夏バテになります。

世間も真っ青。
(親族はもっと真っ青)




9月。

牛丼、復活。



これしか言うことはありません。

(ほかに何もやってないだけ)


このあたりから、寺田君は自分の年齢を
「18歳と○ヶ月」
というように。

ピーターパンシンドロームは大加速。



10月。

寺田君は、引きこもり。

本田君はこんなことをして遊んでました。
(遊んでない!)

ほんと、学会関係者には見せれない代物ばかりです。
見ないフリをして!!
(>研究室の各位)



11月。

何をしていたのか、もはや覚えていません。

寺田君は妄想力に磨きをかけていました。
あと、これでもかとTSUTAYAに入り浸り。

本田君は修士論文という魔物にうなされていました。
(うなされるだけで、前には進まず)


あと、この月頭には日野自動車さんのご子息誕生を
寺本で全力バックアップを宣言するのでありました。

ほんと、幸せをありがとう。
>日野整骨院様。




そして12月。

寺田君は11月と変わらず、TSUTAYAに入り浸り。
本田君は修論という魔物にK.O.寸前。

厄年の神様は忘れていませんでした。

○iPodのイヤホン(4つ目)やはり右だけ壊れる。
○修士論文中間発表にて、助教授の一言。
「4回生の発表より、
本田君が何を言うのかの方がドキドキしたわ。」


…おれ、そんなに問題児?

○研究室忘年会でPM5時半から朝まで飲み続け。
→お腹が壊れる。

もはや、ネタとして使うことしか出来ません。
来年厄年の皆さん。

厄落としは早い目に。



そうそう。
本年のイヴイヴには、みんな嫁さん連れて大集合という祭でした。

日野、寺田、豊田。

あれ。
本田さんは?



そう思ったソコのあなた。

正月から、日報読んでるお暇なあなた。

ここまで長く読んでいただいたあなたへ送る。



ほんだくん、彼女できたんです。
(何気にサラリと言い放つ、ヘビーな一言)


7年ぶりの快挙。
寺田は、目がうつろ、口はあんぐり。
5秒くらい現実が受け止められないような状態でした。

俺、なんか悪いことしたかなぁ?



まぁ厄年でしたが、このくらいは許してくださいな。
そんな2006年でしたとさ。


(どんなまとめだ)



そんなこんなで2006年も暮れ行きます。
皆様にとって2006年はどんな年だったのでしょうか。


そして2007年はどんな年になるのでしょうか。


寺本は18年続いた学生生活に別れを告げ(予定)
寺田:凸版印刷
本田:枚方市役所
と、社会の荒波にもまれるのです!(予定)

予定は未定!(名言)


我らが寺本写真館ですが。
来年で何年目ですかね。(ド忘れ)

5年目ですね。(カンニングしました。)

何しか、余裕が出てきたら、
どんどん更新していこうと思っております!


2007年。
みなさまには、幸多き一年になるように。
輝かしい瞬きより、穏やかな幸せを願う今日このごろです。


寺本には幸と同等、またネタ多き一年であるように。
寺田夫妻にはご多幸と実りを。

ついでに本田には、更なるネタとささやかな幸せを。



一昨年、去年も申しましたが、

みなさんあっての寺本写真館、
いや、
Unit寺本だとおもっております。



来年も、どうぞよろしくーー!!!!


寺本
(年忘れ代表ほんだ)

2006年12月31日(日)
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