きまぐれがき
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椅子に座った途端、指輪やイヤリングをはずして目の前の テーブルの上に置きたくなる癖というのも困ったものだ。 外出先でこれをやると、だいたい置き忘れて来てそのまま 忘れてしまう。
かのマリッジリング(前回の日記参照)もはずしてテーブル の上に置いた。 我が家でのことである。 それがいつの間にか床に落ちたのだろう、絨毯の模様にまぎれ て気がつかないでいた。
何時もはずぼらな私も、そのような時にかぎって掃除機などを かけたものだ。 カラカラという音が聴こえたような気がした。 「あれ?何を吸い込んだのかな?」
生駒山系の斜面を切り開いて造られたニュータウンには、都心 では見られないようなばかでかい蛾が、網戸に羽根をひろげて ジットリと醜くへばりついていることなど珍しくもなく、蛾が 恐くてたまらない私は、生きた心地のしない夏を恐怖におののき ながら過していた。
その夜は、細心の注意をはらいながら網戸の開け閉めを行って いたはずなのに、どうしたはずみか大人の両手のひらを広げた ほどの大きさの蛾が、室内に飛び込んで来た。 慌てた私は掃除機を引きずり出してきて、逃げ惑う恐怖の悪魔を 吸い込み口で追い詰め、挌闘の末どうにか吸い込んでやった。 この口からヒラ〜と飛び出してくるような恐ろしいことがあっては ならじと、吸い込み口にはガムテープで蓋をして、さらに念には念 をと、スイッチを入れたままモーターを轟かすこと数十分。
これでどうだ!とホッとした瞬間、昼間のカラカラを思い出した のだった。 ひょっとしてあの音は?テーブルの上に放置していた指輪じゃ なかったのか? それが今、恐怖の蛾と同じ掃除機内の胃袋で混ざっちゃって いるわけ〜
その袋内を点検して、蛾が振りまいた粉にまみれた指輪を取り出し たところで、入念に洗ったとしても指にはめることなどできやしない。 だいたい指輪を確認するためには、蛾の状態だって目にするのを避け られないだろう。 そんなこと気持ち悪くて、とても私にはできない。 私にできないことはオットにだってできそうもない。 それにオットは、自分のマリッジリングをとっくに失くしているのだ。
もうここで覚悟は決まった。 「袋もろとも捨てちゃえ!」
おそるおそる掃除機から袋をはずし、内部を見ないようにしな がらビニール袋にそっと入れて、台所のゴミと一緒に出してしまっ たのだった。
しかし、あの時は、指輪を捨ててしまったことよりも、一人で蛾と 戦いながら捕らえることができた喜びの方が大きかった。 とてつもなく大きな仕事をやり遂げた後のような満足感。おい!
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