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2018年10月21日(日) 萩の月はふしぎなお菓子だ

 萩の月はふしぎなお菓子だ。

 まず洋菓子なのか和菓子なのかがよくわからない。ケーキなのかまんじゅうなのか。なぜひとつずつ箱に入っているのか。その箱に描かれた和服の女性は誰なのか。食べた感じも、ふんわりしているようでもあり、もっちりしているようでもある。実は個人的には、美味しいのかどうかすらよくわからないと思っている。なんだかお腹がいっぱいになるし。しかし何よりふしぎなのは、こんなによくわからないのに突然食べたくてたまらない瞬間がやってくることなのだ。これは困る。

 萩の月に初めて出会ったのはかれこれ30年近く前、職場で出張土産として配られたのだった。私は関西から東京にやってきてまだ日も浅く、東京以北に関してほとんど何の知識もなかった。萩の月もその時まで名前を聞いたことすらなかった。そもそも甘いものをあまり食べない家で育って、お菓子への興味と知識が不足している。しかし職場のみんなが大喜びしていたので、ああ有名なお菓子なんだな、とは思った。その後も何度かお土産にいただいては、社会人として「わー萩の月嬉しい、ありがとうございます!」とお礼を述べつつ、内心では「よくわからないお菓子だなあ」と微妙な気持ちを抱いていた。

 そのうちに仙台への出張がなくなったのか、お土産にいただくことはなくなった。そのまま何ヶ月も経ったある日、なんの前触れもなくいきなりやって来たのだ、萩の月への物狂おしい迄の欲望が。あれあれ? 私、萩の月が食べたい、のかな? おかしいな。でもあれは東京には売っていないらしいし、無理だよね。無理だとわかってはいたのだが、つい口から出てしまった。

 「あー萩の月が食べたい」

 すると職場のあちらこちらから「あー食べたいね」「私も」「私も」の声が続々と上がったのだった。さあそこからは早かった。買いに行くか?よし行こう。週末の予定どうよ。この日だな。5人か。都合つかない人は買ってきてあげるから。ホテル予約した。じゃあ新幹線に集合ね。……普段なら「旅行に行きたいね」などと言い合っていても、なんだかんだで予定が立たずに実現しないものだけれど、なんといっても私たちの目の前には萩の月がぶら下がっていた。

 そんなわけでお菓子を買うためだけに仙台まで行ってしまった。到着してまずは駅の売店で一個買って、ホテルで食べた。やっぱりよくわからなかったけれど幸せだった。翌日、せっかくなので松島に行って、展望台から海を眺めたり、龍の意匠を施されたド派手な遊覧船に乗ったりした。

 あれから長い月日が過ぎて、あの時一緒に仙台に行った人たちとは付き合いが絶えてしまった。龍の遊覧船は10年ほど前に引退したそうだし、仙台も松島もあの地震で昔とは変わってしまっただろう。萩の月は今では通販や物産展で手に入れることができる。私は実家と大阪を合わせたよりも、東京暮らしの方が長くなってしまった。最近、私を困らせているのは「あー鶯ボール食べたい」である。鶯ボールもまた、ふしぎなお菓子だ。


(十三夜に記す)


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