mortals note
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体中にまとわりついてくるような、重厚な闇につつまれている。 姫架は右手を持ち上げて、目の前にかざしてみた。頬に触れるほどまで近づけて、ようやくほのかに白い掌の輪郭を見とめる。 「これだけの影を食べたの?」 手を握れば掴めそうなほど濃厚な闇は、シャドウイーターが蓄積した影だ。 狭い廊下にいるはずなのに、声はとても遠くまで響いた。とても広く、そして天井の高い場所にいるようだった。空間が歪んでいる。 「食べ過ぎると苦しいんでしょ、どうしてわざわざ辛いこと、自分でするの」 深い闇に目をこらす。無数の気配がひしめいていて、貴行や要たちがどこにいるのか、見当もつかなかった。 自分たち以外に誰もいないことなど分かっている。濃密に漂っている気配は、影に宿る人間の存在感に他ならない。 「僕には昔から、ひとつだけ願いごとがあるんです」 貴行の声は遠く近く、波のように寄せて返した。 「それを叶えるためなら、手段は選ばないことにしたんだ」 姫架は思わず目を瞠った。 貴行は飢餓にあえいでいたわけではなく、明確な目的を完遂するために、”敢えて”人の影を喰らっていたというのか。 「自分のためだっていうの!?」 怒りに任せて姫架は闇に怒鳴った。 「誰だってそうじゃないんですか」 ひどく硬い声で貴行は切り返す。 「完璧な善意なんて信じられない。結局誰だって、自分が可愛いんじゃないか……!」 そんなこと、と言いかけて、姫架は口をつぐんだ。貴行の口調は彼らしくもない熱っぽさを帯びはじめている。当たり障りのないきれいごとなど、口に出来そうもなかった。 「僕だってそうです。いくら親や友達や教師達の前でいい顔をしてみせても、結局は自分のことしか考えていないんだ」 「あたしはそんなことが聞きたいわけじゃない!」 わけが分からなくなって、姫架はかぶりを振った。 子どもの頃に感じた、向けどころの分からない怒りに似ていた。癇癪と呼ばれるやつだ。 怒りの出所がどこか、姫架はもう気づいていた。 かなしい。とてつもなく、体が震えるぐらいに。 (麻生くんだけは違うって) 信じていた。 いや、そんなに綺麗な話ではない。きっと、幻想を抱いていたのだ。 (似てたから) 自分の浅はかな妄信に気がついて、姫架は唇を噛んだ。 大事な人に似ていたから、無条件に好意的に見ていただけだ。 「麻生くんは、何がしたいの? そのために色んな人がバタバタ倒れて、なんとも思わなかったの?」 沈黙があった。愚かにも、期待を膨らませている自分に姫架は気づいた。 懺悔と悔恨の言葉を聞きたかった。 誰かに依存せずには生きていられない、その事実に打ちのめされている人もいるのだ。
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