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北海道、とりわけ道央より北に暮らす方々には桜と言えばエゾヤマザクラが 何と言っても身近な存在なのではないだろうか。 エゾヤマザクラは色が濃く、そして葉桜の状態で花を咲かせる。 本格的な春の到来を告げてくれる嬉しい存在ではあるけれど、何となく地味な 印象のある桜だ。 私は桜と言えばこれしか知らなかった、ずっと長い事そうだった。
春の強い風に散りかけて、初めから葉桜だったこの桜が いきなり葉っぱだけに なって行くその下で、酔っ払いが花見酒に騒ぐ。 桜ではなく酔っ払いそのものが風物なのだとでも見なさなければ、何とも やってられない状況である。 寒いし、桜は地味だし。 私は桜が 特別好きではなかった。 この花の、一体どこに それほど凄絶な物を感じると言うのだろう?
道南松前の桜を 初めて見たのは25の時だ。運良くその年は、何年ぶりかの 桜の当たり年、しかも休日に開花日が当たった。つまりは最高の桜を目にする 事が出来たのである。 白いソメイヨシノ、赤い南殿、枝垂桜。 これが花なのか。私は目を疑った。それは綺麗と言うより、どこか薄ら寒く なる様な光景だった。多くの観光客がいたが、桜は彼らを飲み込むように立つ。 そして散り続けていた。
翌年は弘前へ行く機会を得た。この年の桜も良かったのだと言う。 こちらはソメイヨシノが中心で、やはり真っ白になりゆらゆら揺れている枝が どこか人には過ぎた美しさを感じさせていた。
今では私はエゾヤマザクラが すっかり好きである。 春になるとちろんと赤い葉を出して「直ぐ散るけれどね」とでも言いたげに 強い風の中、大人しく立っている。この桜が良いのだと思う。 あの、一面を白く埋めながら、尚 散り続ける大きな桜は、私には やはり 何だか恐ろしかった。
だが、それほどのインパクトがあるからこそヒット曲も生まれるのだろうが。
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