月鏡〜はじまりのこと2〜 - 2008年06月26日(木) 彼は驚いたように振り向きながら 同じ言葉を返した。 そうしてわたしの顔に視線を留めた。 ええと 確か庶務の・・・ 彼がわたしの名を覚えていなかったことに 少しショックを受けながら その後を接いで告げた。 ホームに電車が滑り込み わたしは彼のうしろから乗り込んだ。 電車は混んでいた。 いつもこの時間ですか? いや。営業先から直帰が多いから。 今日は用事があって。 ドアの端の隙間に身体を縮ませて そんな会話をした。 いくつか駅に停まるたび どんどん人が乗ってきて 彼はわたしを潰さないように気を遣っていた。 ドアに付いた腕と 金属のバーを握る腕で作られた 小さな三角形のなかにわたしはいた。 あまりに近すぎて 彼の顔を見ることができなかった。 ただ 数センチ先の ワイシャツの胸元から上がってくる 彼の体温を感じていた。 どこまで? 無言の気まずさを紛らわすための彼の言葉で 乗り換え駅まで一緒だと知った。 何かもっと話したいけれど 何を話していいのか解らなかった。 (ワタシハアナタヲズウットミテイマシタ) こころでそう呟いた。 乗り換え駅に着いたとき どおっと流れ出る人に押され 彼の身体が ぎゅうっとわたしを潰しそうになった。 そうしてわたしは 半ば彼に 抱きかかえられるようにしてホームに降りた。 -
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