37.2℃の微熱
北端あおい



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充たされれば充たされるほど、潤されれば潤されるほど、
渇き、餓えして、あなたのかたちに広がっていくわたしの空虚を填めてください。


2005年10月11日(火)



 

嘘が一番嫌い。

どうせなら、それとすらわからないくらいの
おおきな虚無をください。

2005年10月06日(木)



 ステーシー

大槻ケンジ『ステーシー』(角川ホラー文庫、2000)をとうとう読了。
この物語を手渡してくれた方に、心から感謝(漫画も読んだし、残るは映画版!)。
ちょっと危うい物語かな、と思ったのだけれど、意外と大丈夫みたい。
なぜか昨日よりにこにこしています。

好きだろうな、好きだろうなと思っていても、そういうものに手をだすのを
躊躇してしまったり、あえてはずしたりと距離を保とうとしてきたのだけれど(ますます暴走してしまうんじゃないかと惧れていたから、なのです)。
でも、あまりブレーキをかけるのは、もうやめてしまおうかな。

でも、最近ってこういう物語を読んで、安定しているなんて、そっちのほうがおかしい、というような状態なのです(困りもの。改善キャンペーン実施中)。

これって、・・もしかして「ニアデスハピネス」状態?
じゃあ、やっぱり「再殺」の権利を渡す人をさがさなくては!

★ステーシー化
14歳から17歳の少女が突如原因不明の死を迎え、人間を襲う「ステーシー」となって黄泉返る現象。ステーシーを再殺するには、165分割の肉片にしなければならない。

★「ニアデスハピネス」
「臨死遊戯状様」の笑顔。
ステーシー化する直前の少女たちが、うかべる典型的な多幸感に包まれた笑顔のこと。

2005年10月04日(火)



 試行錯誤

もう少し読みやすいデザインを探していたら、日記に
書き込めなくなってしまったり、
書いたものが消えちゃったりして(涙)・・・
ちょっと落ち込み気味です。もうしばらく試行錯誤が続きそうです。

2005年10月03日(月)



 37.2℃

電子体温計のメモリは、37.2℃。
低体温の人にとっては、微熱じゃない温度。

ひさびさに心地よくうとうとと、できたのは熱のせい!?
しょっちゅう発熱しているのに、今回にかぎって、
悪夢を見てしまいます。

こわくて夢のなかで叫ぼうとしたのに
こわすぎて叫べません。
だから、自分の叫び声で覚醒ることもできないまま、
ここが夢か現実か、区別がつかなくなります。

恐怖につかまえられた感覚が、まだ消えてくれないのです。
ここが夢なのかそうでないのか教えてください、だれか。


※調べてみたら、人間の平均体温は36.5℃、38℃以上が発熱、37℃以上になると微熱、というのが「一般論」。

2005年10月02日(日)



 さかしま

週末は大片づけ。
お引越して、二か月弱。
まだまだ、落ち着きません。
土日は、片づけと必需品のお買い物で天手古舞です。

励みは、ユイスマンス『さかしま』。
これを読みながら、妥協を赦さず理想のお部屋を目ざしたいところ。

でも、モローもルドンももちろん買えはしないのでした。
(P.ブルデュー『ディスタンクシオン』を読んでからは映画のポスターをはるのも躊躇う。だって、そういう行為が「キッチュ」だって言うんだもん。それに、いまだ反論できないので「キッチュ」があまり好きじゃない北端は足踏みしてしまうのでした。その分析に納得もしてしまった・・・ので。
でも、今年のカレンダーはKlimt。三月四月が大好きな“The Kiss”だったから、そこからぜんぜん捲っていないKlimt)

でも、お部屋にひとつ何でもいいから、
選んでいいと言われたら・・・
西班牙はエル・エスコリアル城にあるあの名画を選びます(如実に今の精神状態を反映している選択なので、タイトルは伏せさせてくださいまし【懇願】)。



ところで、ルドンといえば、このあいだ見たビデオ『レッド・ドラゴン』、レクター博士の監獄にルドンのヨハネの首の絵があったと思うのですけれど、気づいた方いらっしゃいます(それとも勘違い)!?

2005年10月01日(土)



 深淵の恐怖

科学や哲学はそもそも冷徹な研究者に委ねられるべきである。なぜなら両者とも等しく、感情と行動の人間にとっては悲劇的な二つの結末を強いるからだ。
その探求に、失敗した場合には絶望が、成功した場合には想像の域を越え、言語に絶した恐怖が待ち構えているのである。

(H.P.ラヴクラフト/那智史郎・編「深淵の恐怖」『真ク・リトル・リトル神話大系』1983、国書刊行会)


想像力の代償は恐怖だ。

(監獄からグレアムに投げかけたレクター博士の言葉、『レッド・ドラゴン』ブレッド・ラトナー監督、2002)


準備はできております。
たとえ何処に投げ込まれようとも、想像力のスイッチを切るだけは、決していたしません。それこそが、真の恐怖と真の死に思えてしまうのですもの。


2005年09月24日(土)
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