37.2℃の微熱
北端あおい



 永い不眠

夢を見ない日が続いて、永い。
眠れないと無意識のほうへ降りていくことが出来ないので、
なにかに思いを馳せたり、想像する力が弱くなっていっているようです。眠れないことよりも本当に苦しいのはそっちだったりする。



2006年04月05日(水)



 Story of ……




週末、用事が終わって、大久保駅に向かう途中にあった中古ビデオ屋さんにふらっと入ってみた。
そこでなんと『Story of O』というタイトルのビデオを発見。
これって『O嬢の物語』!? 
アメリカで発売されたものらしく、字幕はなし。
『狼の血族』と『ゴールドパピヨン』も欲しかったのだけれど、
迷いに迷って、やっぱり『O嬢』に決めました。
すると、突然レジのお兄さんが商品を持って奥に入っていってしまう!
どきどきしながら待っているとお兄さんが戻ってきて、

「これは売れません」
「(!)な、なにか問題が?」

大人しく尋ねているものの、心の中はすでに臨戦態勢。

「これ、ダビングしたものだったんですよ。だから商品にならないので、
売れないんです」

「(!?)」
見せてもらったのは、ボールペンで『Story of O』と手書きのラベルが貼ってあるビデオテープ。でも見たい見たい見たいんだよー!!と心が叫んでいて、

「それでもいいです…」

と言いかけたのでした。すると、

「じゃ、これあげますよ。もって行っていいですから」

とあっさりくれました!!
わー!!980円の値札がついていたのに! いいの!?
…もしかして殺意を気取られた? と一瞬あせったけれど、大喜びしていただきました、
ありがとう、お兄さん!!

というわけで、さっそく鑑賞しようと思います。


2006年04月04日(火)



 桜の季節

「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ」

(坂口安吾「夜長姫と耳男」『桜の森の満開の下』講談社文芸文庫)

この季節になると、なぜかこの言葉を思いながら過ごす。
夜長姫の死が、桜のように潔ぎよいから?
初めて読んだとき、こういう挨拶をして死ねたら最高だと思って、
それは今でも変わらない 。

2006年04月03日(月)



 ai

愛も立派な狂気のひとつのかたち。
そう思うと、わたしは少しは安心できるのです。


2006年03月31日(金)



 




お花見もかねて上野動物園に行きました。
動物園に行くのは初めて!! 水族館にはよく行った子供でした。
それにしても動物園って面白い!!
見てても見てても飽きないのです。
見れば見るほど、動物の造形って可笑しいな(そして人間も)。

でも、ホッキョクグマがおちつかなげに檻のなかでうろうろしていたのは、忘れられなかったりするのでした。

恐い夢を見ないよう獏と一緒に記念撮影もしてもらって、羊と山羊を自由に触わることができるふれあい広場では、こっそりこっそり電気羊らしきものがいないか探してみた。
けれど、それらしいのは(もちろん)いませんでした…。

「さがしてどうするの?」(一緒に行った人)
「つれて帰るの!」(北端)

空気は冷たかったけれど、櫻は綺麗で、夢みたいな一日でした。
まだ満開とまでは言い切れない櫻なのだけれど、風が吹くともう花びらが惜しげもなく、はらはらと散っていくのです。

たとえ夢でも絶対に忘れたくない夢。

2006年03月30日(木)



 




お風呂につかりながら、アナイス・ニン『小鳥たち』(矢川澄子訳、新潮文庫、2006)を読む。


とても暑い日でした。
シーツのせいであたたかいし、ポーズもだらしない姿勢だったので、わたしはほんとに眠ってしまい、どのくらい経ったかもわかりません。
ともかくけだるくて、夢みたいでした。と、そのときわたしはだれかの柔らかい手が、両脚のあいだにあって、そうっとそうっと、かるくわたしを愛撫しているのに気づきました。目をさまして触られたことをたしかめました。レイノルズがわたしの上にのしかかっていましたが、その表情がいかにも穏やかでうれしそうだったので、わたしは動きませんでした。彼はやさしい目付きで口をなかばあけていました。そしてささやきました。
「撫でてるだけだよ、ちょっと撫でてる」(中略)

「わたしはまた、こんなふうに撫でておこしてもらえたらっていつも思っていたの」
(「モデル」より、上記本所収)

キャンドルの明かりで読むにはうってつけのエロティカ。
かなが多くてやわらかい表現になっていて、使われている日本語も素敵。
翻訳された方はエロティカを書いておられないのかしら。
わたしが知らないだけか知らん。
きっと素敵なエロスの世界が生まれたのだと思うのですけれど。
読みたかったな(どきどき)。


そういえば、バスチアン・バルタザール・ブックスも蝋燭の明かりのもとで本をひらいたのでしたっけ。今日は少年の冒険心じゃなくて、少女の好奇心の下でページをめくります(表紙が赤くて二匹の蛇がつながっている御本ではないのだけれど、この本だって少女心にとっては大きな冒険)。

此の13編の物語を読まれたら、どの物語が貴下のお好みなのか、ぜひ知りたく思います。

2006年03月29日(水)



 巻きますか? 巻きませんか?

少し前の深夜、テレビをつけるとやっていた『Rozen Maiden』
美麗なゴスファッションドールが主人公のアニメーション!!

「巻きますか? 巻きませんか?」
電話や手紙で突然訪れる謎のメッセージ。
うっかり「ま、巻きます」と答えたひとのもとには、かばんに入った美麗な少女のドールが送られてくる。
背中のねじをいったん巻くとドールたちは、動き喋り、笑ったり泣いたりもできるようになる。 まるで人間の女の子のように。
でも、彼女たちは人間の女の子とは違って不思議な戦闘能力を持っている。ひとひとりなんて簡単に殺せるくらいの。

…実は彼女たちは「アリスゲーム」と呼ばれるゲームに於いて闘う宿命を背負っているドールたちだったのだ!
マスター(持ち主)の無意識が、その不思議な力の源泉となる。だから、ドールたちは「アリスゲーム」に参加するために必死で背中のねじを巻いてくれるひとを探す。

なぜならゲームを勝ち抜き、史上最高の少女「アリス」として君臨したドールだけが、自らを創った人形師に会えるのだから(物語の中では、ドールたちに「お父さま」と呼ばれる人物)。


アニメを見た翌日、
「巻いてやろうか」

お皿に半分以上残っているファミレスのスパゲティ。
食べられなくて、フォークで弄んでいると、向かいに座っていた人が、そう言いながら手を伸ばしてきた。
『巻いてくれますか?』
「巻いてあげる」
『本当に巻いてくれますか』
「巻いてやるから」

ひと巻きふた巻き。
くるくる回ったのは、背中のねじではなくてお皿の上のフォークで、向かいに座っている人は『Rozen Maiden』なんか知るはずないのをいいことに、心の中で邪な一人遊びをした。

『Rozen Maiden』の最後はとうとう見ていない。見なかった。
最高の少女「アリス」となったのは誰だったのか。
「お父様」に会えたのは誰だったのか。
今でもとうとうわからないまま(ネットで調べればいいのだけれど、なぜかそれもしていない)、見逃している。

『巻いてくれますか』
『巻いてくれますか』
『巻いてくれますか』

面白がって何回も訊ねながら、スパゲッティを巻いてもらっていると、だんだん自分も「アリスゲーム」に投げ込まれている気になる。
この現実も間違いなくあの「アリスゲーム」に似たようなところがある、とずーっと思っていたから、余計そう思えて仕方なくて、なんだか悲しい。

此の現実でアリスとなるのは誰なのか?
「お父様」に会えるのは誰なのか?

勝ちたいのは「お父様」に逢いたいがため。
それとも「アリスゲーム」を設定し、投げ込んだその存在を憎むべき? それとも創造主として愛するべきなの?

……求めているのだけは間違いないの。

不安になって、もう一度ねだる。
『もっと巻いてください、もっと』

「あのさ、さっきから巻いてやってるのに、全然減らないんだけど、このスパゲッティ。ちゃんと食べなさい、ほら」


2006年03月28日(火)
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