ぺらぺらとページを捲る音。ハバナ帽を被った男が一心不乱にその書き物の中を覗き込んでいる。まるで子山羊の温かな腹みたいな薄いクリーム色の手帳。そこは誰にも使われることの無い波止場で、潮風に錆付いた重い引き戸を備えた簡単な輪郭の倉庫が並んでいた。西に向かって。錨を止める亀の頭みたいな突起がやはりそれと平行して並んでいる。永遠に続くんじゃないかと思われるほど遠い彼方まで。男はその突起のひとつに腰掛けている。帽子からコート、靴に到るまですべて白尽くめだ。階段を駆け抜けるような音を聞いた。僕は灯台の中の螺旋階段を駆け抜ける夢を見る。駆け抜けているのは本当に自分なのだろうか?何処かから何処かへ向かって、それは計算されたゼンマイ式の巧妙な子供の玩具みたいなもので、結局僕の前にはサッカーゲームの、あるいは大河ドラマの縮小版みたいなボードゲームが提示される。それはそれはとても優雅に。お気の毒にとお幸せにのちょうど中間くらいで、カジノのディーラーがカードを配る時の表情だ。もう一枚乗せるか?モチロン。非常に原始的な飛行機に乗るパイロットは水平線を感じやすくなるのだろうか?そんなことに思いが移ろう。重心が不意に重力を離れた気がするときもある。とにかく僕はまるで光の生まれる場所に戻りたく思っている人みたいに灯台の頂上を目指している。灯台の頂上から海の揺れるのを見たい。ですが僕らは違う国からやってきたのですよ。同じ海ではありません。恐る恐る顔を出したフワフワとした獣はそう忠告する。僕には結局その獣の影しか踏めない。何も明かさなくともいいんじゃない?と僕は言う。すると波止場にいた男というのが元々存在しなかったかのように消えうせた。彼はどうやら可能な限り物事を細分化してそれらをファイリングしていくものの象徴だったようだ。僕が、それかあらゆる人が関心を失ってしまえば、彼はただの象徴であったことに留まらざる得ない。ただその手帳は残る。それは今度は風にパラパラと捲られていた。今度は幾分優しく、いったりきたり・・・
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