今年の秋は、山のお仕事で毎週のようにお泊りであった。 目的の山深い場所の、できるだけ近くに宿を求める。
ありがたいことに、日本のどんな辺鄙な山間地に行っても、 「釣り宿」と称する民宿がある。
おそらくは、釣り人と、たまに来る酔狂な登山客と、 あとは土木工事の人ぐらいしか泊まらないだろう。
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部屋はたいがい粗末である。狭い。 襖一枚で隣室と隔てられているところもある。
風呂も、温泉宿などでなければ、一般家庭用のそれと大差ない。
食事は、大部屋−といってもせいぜい10畳程度だが−で食べ、 続きの和室では、おじいちゃんがテレビを見ながら自家用の食事をとっていたりする。
そしてたいがい、宿の周りは山ばかりで、夜は真っ暗である。
ビジネスユースでも、新橋駅前のビジネスホテルとはずいぶん趣が違う。
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旅の宿りとは、「この場所で一夜を明かせる」ということに価値がある。 昔話で「どうか一晩泊めて下さい」というアレである。
インターネットの宿泊情報として提供されがちな、 部屋の広さだとか、出される料理の品数だとか−ましてや産地など−、 洗面所に置いてある消耗品がどうだとかということは、 いっさい評価対象から外される。
検索したいのは、この集落に泊まるところはあるか、の一点のみである。 そのシンプルなことに、すっきりとした喜びを感じる。
もう少し言うと、本当のもてなしというのは、 そうした辺鄙な宿にこそ、あるのだと思う。
2010年11月11日(木) 秋の里 2007年11月11日(日) クロックマダムにパイナップルは入るのか 2006年11月11日(土) 誰にもあげない 2005年11月11日(金) 他人の死を引き受ける 2004年11月11日(木) 月と暦
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