文ツヅリ
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2004年06月06日(日)
  【沖土】 侵食
「アイス買ってくだせェよ」
「は?」
「だからその薄っぺらい財布よこせって言ってんですよ」
 暑い日差しの照りつける町中。
 土方が一息入れるべく、ぶらりと外に出たところを運悪く沖田に捕まってしまった。
「おまッ……アイスくらい自分の金で買えや!」
「アイスごときに自分の金使ってられますかィ」
 しれっと言い捨て、素早く財布をすったかと思うと、中身を全て引っ張り出し自分の懐に収めた。
 勿論、空の財布はその場にゴミを捨てるかのごとく、軽々しく投げ出された。
「ちょっと待てェェ!!」
 そんな叫び声も虚しく、土方を置き去りにしたまま、沖田はすたすたと目的地に向かって歩いていく。
 貴重な午後の休憩時間、沖田に目をつけられてしまったが為に、土方は空の財布を拾いながらみすぼらしく追いかける羽目になった。

「はい、土方さん。 どれがいいですかィ?」
 沖田がたくさんのアイスが冷えたボックスの窓を全開にして問うので土方は驚いた。 二重の意味で。
「んなことしたら溶けんだろが!! つーか選んでいいのか」
 急いで窓をきっちり閉めながら尋ねると、
「まァ土方さんの金ですからねえ」
 と、珍しくやけに謙虚なことを言う。 不気味に思いながらも、自分の食べたいものをボックスから摘み上げる。
「チョコミント? 嫌でさそんなもん。 おばちゃーん、これひとつくだせェ」
 即座に土方の手からチョコミントアイスをはたき落とすと、既に選んでいたらしいバニラのアイスバーを買った。
「えーと、俺に選択権は」
「ありやしたぜ。 決定権は俺にあったわけでさァ」
「なーるほど……」

 そしてアイスの袋を開封しながら、またすたすたと先を歩いていく。
 暑さや脱力感でもはや怒鳴る気力も失った土方は、それに従う様にのろのろとついていった。

 が、あまりの暑さにすぐに根をあげた。

「なァ、ちょっと座ろうぜ。 一服くらいさせろや」
 言いながら壁にもたれ、しゃがみ込んだ。 汗をぬぐい、ポケットをまさぐっている土方に、ふと影が落ちてくる。
「……アイスいらないんですかィ」
 怪訝な顔で見上げると、沖田は逆光で暗くなった顔に口角を上げただけの微笑みを浮かべている。
 人形のような不気味さに内心たじろいだ。
「いや、もういい。 甘いモンあんま好きじゃ……」



「あーん。」



「………………え?」


 硬直。

 口を半開きにしながら沖田を凝視する土方と、右手でアイスバーを差し出しながら土方を見つめる沖田と。

 土方などは、まるで金縛りにでもあったかのように見事にぴたりと動きが止まった。
 それほど沖田の行動は未知なるものであった。



 ポタリ、と滴るバニラアイスの雫で我に返る。


 ゆっくり、確かめるように、というより寧ろそうあってほしいという願いを込めて、問う。
「沖田、熱にやられたか?」

 すると急に、沖田は無言のままアイスバーを口の中に突っ込んできた。
 喉の最奥にまでぐいぐい押し込むので、むせながら次第に涙目になる。
「んむッ……か、は……ッん……ぅ!」

 と、今度はあごの付け根を下から掬い上げるようにつかんで、口を開かせたまま固定し、アイスを引きずり出した。
 それと共に、唾液とアイスの溶けた液体が一緒になって口の端から零れた。
 あごを伝い、首筋をなぞりながら流れる液体の感覚に、ぞわぞわと肌を粟立てる。
 そして沖田は、また再奥まで入れる。
 何度も何度も、しかし無表情に淡々と、出し入れを繰り返す。
 その度にあふれていく液体にむせる。

「お……やあ……ッ」

 息が上手く出来ずに、身体中が熱を帯びているのに、口の中だけが麻痺するほど冷たくて痛い。
 いい加減苦しくなり、咳き込みながら目で訴えかけた。
 溜まった涙で視界がぼやけて目を合せられなかったが、沖田からは土方がよく見えたに違いない。
 ようやく沖田は土方を解放した。
 力を抜き呼吸を整えていると、沖田は土方の首元を汚す、零れ落ちた液体をべろりと舐めとった。
 液体とは違う、熱く湿った生き物であるかのような舌が首筋を這う感触にびくん、と仰け反った。
 それは、ゆっくり丁寧に下から上へと這い登る。
 そして口元まで綺麗に舐めると、唇を舌で割って侵入した。

「んぅ……!」

 奥に縮こまる舌に自分のそれで少しずつ絡みつき、何度か向きを変えながら激しく貪る。

「は……ッ……はァ、んっ」
 土方は冷え切った口内を生温く乱暴に侵されながら、そのじんとする温かさを何故か心地よく感じていた。

 そしてようやく満足したのか、ぴちゃ、と湿った音をさせながら、透明の糸をひいて唇が離れた。
 それを拭いながら、
「おいしかったですかィ?」
 などと聞いてくる。
 しかし乱れた呼吸を整えるのに必死で反論ができずに、せめて目で威嚇した。
 つもりだったが焦点は合わないままだった。
 案の定、非難していると受け取られずに、てんで検討違いな返答で更に困惑させられる。

「そんな目ェして誘っても駄目ですぜ。 いい加減戻らないと。 一応もう仕事中になってやすし」
「な……ッ!?」
「じゃ、そういうことで。 土方さんも急いだ方がいいですぜ」
 そうあっさり言い捨て、来た時と同じようにすたすたと去っていく。
 あ然と、しばらく目を向けているとふいに振り向いて、





「土方さん、抵抗くらいした方がいいですぜ」






「………………はァ……」

 お前が言うな、と心の中で毒づきながらその姿を茫然と見送ると一挙に脱力して、その場にずるずると寝そべった。
 目の前の90度傾いた地面に、沖田が捨てたらしいアイスの棒が白い液体に浸っていた。
 きゅっと目を瞑り、側面を熱のこもった地面に、もう片方を陽射しに焼かれながらしばらく身動きが取れないでいた。
 たくさんの疑問符が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
 が、俺がいくら考えてもヤツの考えてることは理解できない、と思考回路を遮断して。

 そう、わかっていることはただひとつ。

(金……返せ。)



 じわり、じわりと地面が汗を吸い込んで黒く湿っていく。



 とても暑い、午後の出来事だった。


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