日々雑感
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2005年03月11日(金) 『容疑者の夜行列車』

多和田葉子が面白い。

ずいぶん前に『犬婿入り』を読んだときは、正直「なんだこりゃ」という感じだったのだが、最新刊『旅をする裸の眼』を読んだら、これがとてもよい。そして、つづいて手にした長編小説『容疑者の夜行列車』で、いよいよ止めを刺される。

「パリへ」から始まり最終章の「どこでもない町へ」まで、グラーツ、ザグレブ、イルクーツク、北京、ユーラシア大陸の様々な地名が冠せられた13章がつづく。

夜行列車そのものが、移動してゆく「境界」である。地名も時間も何もかも、すべての意味を引き剥がしながら、線路の音だけが夜の中に響く。窓の外は真っ暗。同じコンパートメントに現れる人たちもどこか輪郭が曖昧で、けれども、それに対する自分のほうは、ほんとうに確かに「ここ」にいるのか?

それぞれ短編としても読めるけれども、これは絶対に第1章から順に読むべきだ。そして、第12章の「ボンベイへ」、つづく最終章に辿りつかねばならない。夜行列車に乗りながら、越えてゆくものは何か。そうした中で「わたし」であるとは、どういうことか。読みながら感じていた漠然とした不安が一気に反転される、そのときの戦慄。すごすぎる。興奮してしばらく動けなかった。

これを読んでしまったら、しばらくは大抵の小説が甘っちょろく感じられてしまうかもしれない、ある意味、罪な一冊と思う。


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