水村美苗女史が新刊を出したのは知っていたけれど、新聞に書評が載っていたのを改めて見て、欲しくなった。まだまだ私は学問に繋がっていたいらしい。……まあ、あれだ、某慶應の教授の別荘に一泊してしまうほどには、繋がっているわけだ。(この件に関しては教授の秘書的立場にいらっしゃるお友達なくして有り得なかった珍事だけれども)
ずっと、ずっと、抱えていた感覚。
痛みはいつだって疼くように灼けていたから、其処に砂糖を塗り込んだって甘くなるわけが無くて。其れでも夢を見てしまうことに、多分単純な理屈なんか無い。嗚呼、もう、其れを衝動の一言で済ませたくは無いのだけれども。大体、あれだ、「この日の為に20年以上我慢してきたのでしょう?」なんて言われたら、泣きたくなってなるじゃないか。今まで、こういう風に私を理解してくれた人なんて、皆無だったのだもの。つまり、あれだ、こういう理解を示してくれるのは、其の人が同じような経験をしたからだ。高卒まで、大卒まで、尋常ではない我慢の上に今の自分が在るのだと、認識しているからだ。私が高校生の時に当時の私を理解してくれた人に、私は感謝している。大好きだと思う、今でも、憧れだ。其れとは全く別の次元で、今もまた此の出逢いに感謝している。――どちらも年上なんだなぁ。同い年以下が在り得ないのは、経験値の差異なのだろうか。嗚呼、もう。
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