蜜白玉のひとりごと
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事の発端は職場での昼休みの会話にて、北海道土産に買ってきたマリモが部屋にあるんだけど、あれってどうやって育てるんだろうね、と誰かが軽い気持ちで空中に放った質問だった。小瓶に入った定番のお土産品として、沖縄土産が「星の砂」ならば、北海道土産のそれは「マリモ」である。
−マリモって海だっけ?海水?塩水?え、水道水でいいの?
マリモは北海道の阿寒湖にいるんだよ。マリモはたしか天然記念物で、だからお土産用のマリモはどこか別の、取っていい箇所の、マリモじゃないかな。マリモっていうからには藻だよね、ってことは光合成して成長してるはず。
−てか、なんで丸いの?
転がるからじゃないかな。お土産のはときどき瓶をゆすってあげるんだよね。
−これって半分に裂いても成長するかね?
そ、それはどうかな。いけると思うけどやったことない。
ちょっと知ってるからっていい気になって話していたら質問攻めにあった。その後、気になってマリモマリモと調べていたら、ちょうどNHKスペシャルでマリモ特集があり、喜んでばっちり見ることに。
以下、テレビからわかったこと。
・マリモはあの繊維みたいな1本1本が「毬藻」という藻で、光合成で成長し、伸びて絡まって球体を構成している。まるくなるのはめずらしいことで、そのほとんどは糸状のまま水中を漂っていたり、岩にくっついたりして生息している。
・阿寒湖のマリモは7年間で直径30センチにも成長する。マリモは大きくなると中心部分に光が当たらず中から崩壊していくが、それは死んだのではなく、バラバラになって岸に打ち上げられたマリモはまた新しい小さなマリモとして引き波に乗って湖に戻っていく。
・世界中のマリモ群生地はこの十数年で激減し、今となっては阿寒湖だけになってしまった。阿寒湖でもそのごく一部分(サッカーコート半分くらいのスペース)にしか群生しておらず、阿寒湖周辺の風や波や湧水などの絶妙なバランスがあってこそ、あの、たくさんの、まんまるのマリモが生きていける。
・かつて阿寒湖よりはるかに規模の大きなマリモ群生地だったアイルランドのある湖では、たった2年でマリモが全滅してしまったという。調査の結果、湖岸にできた工場からの排水により、ユスリカの幼虫が激減し、ユスリカの幼虫によって分解されていた湖底の泥が分解されなくなり、マリモは堆積した泥に埋もれて死んでしまったということだった。だめになるときはあっという間なのだ。
マリモへの興味は尽きず、会う人ごとにマリモの話をしていたら、観葉植物や苔玉を扱っているお店の片隅にマリモが売っていることを友人が教えてくれた。ついにマリモを飼うことになった。植物を「飼う」って変だけれど、緑の球体は水の中で何かを考えていそうで、「買い求める」というより「飼いはじめる」という感覚に近い。
それは直径1センチくらいの小さなやつで、添付の説明書には、阿寒湖のではなくてヨーロッパの毬藻をていねいに丸めた、とある。汲み置きの水で週1〜2回水かえをすること、ときどき転がすときれいな球体になること、直射日光を避け日の光が届くところで水温28度以下、季節ごとに液肥を1滴入れれば緑が濃くなることが書いてあった。
了解した。私もマリモについては少し詳しいからまかせて。30センチとまでは行かなくても、大きく育ってほしい。我が家のマリモは今日もいちごジャムの瓶で、私が揺らす波をじっと待っている。
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