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■ 偽りの裏側 −7−
ゆっくりとアワラの傍を離れ立ち上がるスズロの瞳には、暗黒の焔が煌いていた。人をも殺しかねない、強烈な瞳。表情からは全く温度が感じられない。 「まぁ、最初っから殺す気だったけど、楽には死なせない・・・」 「ふっ、できるものなら・・・」 やってみろ。そう続くはずだった言葉は、銃声によって行き場を失った。滴り落ちる紅い液体。放たれた銃弾は、見事にレネダンの掌を貫通していた。レネダンの顔が苦痛に歪み、拳銃の落ちる無機質な音が木霊する。 舌打ちし、動こうとしたレネダンは、再度鳴り響いた銃声によって動くことすら叶わぬ状況に陥った。 ピンポイントで狙われたのは、右足首。 崩れ落ちるレネダンを見て、スズロは冷徹な微笑を浮かべた。 「まだ息の根は止めない。余興が残ってるからな」 「よ・・興、だと・・・」 地に平伏して、切れ切れにしか言葉を紡ぐことのできないレネダン。だが、その口端には笑みが浮かんでいる。何かを隠し持っていることなど、一目瞭然だ。 「こ・・の程度の傷、どうって、ことはない・・・」 そう言って、スーツの内ポケットから小さなビンを取り出した。中には透明な液体が波打っている。 「これは、昨・・年の、内に花から摂・・・取した蜜。・・これさえ飲めば、怪我なんてすぐに・・・」 「はっ、誰がさせるかよ」 言葉の後に、パリン、と無残にも小ビンは音を立てて崩れていく。液体はそのまま地へと染み渡る。 だが、レネダンを驚かせたのは別の事実だった。銃弾が飛んできた方向は、明らかにスズロとは違う。レネダンの瞳の先には、起き上がり、土埃を掃うアワラの姿があった。 ルヒトも、レネダン同様言葉を失う。ただ一人、スズロだけは眉一つ動かさずにアワラを見つめていた。 「スズロの話を聞いてなかったのかよ。言っただろ、まだ余興が残ってんだ」 「お、前・・・死んだはずじゃ・・・」 やっとのことで言葉を発したレネダンを、アワラは嘲笑する。 「冗談も休み休み言えよ。何のためにこんな動きにくいメイド服を着替えなかったと思ってるんだ。ブラがプロテクターになってんだよ」 どう言った目的でこれを作ったかは知らないが、アワラは当分あの姉には頭が上がらないな、と苦笑する。 バカな、と半ば放心状態で呟くレネダンに近づき、アワラは先ほど弾の貫通した掌を踏みつける。その顔は無表情で、先ほどのスズロと同じく、人を傷つけることに対し、何の戸惑いも罪悪感も抱いてないようだった。 良くできた殺人マシーンのような2人。 ルヒトは、背筋が凍るのを感じた。 「見てろよ」 アワラは、レネダンから木(コクカ)へと視線を移す。それに導かれるように視線を移したレネダンは、信じられない光景を見た。 黒々と輝いていた木が枯れているのだ。全ての葉を散らせ、実も全て地へと落ちている。枝も力なく垂れ下がり、幹はぐったりと折れ曲がっている。瞬く間に枯れた木。 「三年樹の名前の由来には、3年で成熟し、3年過ぎると朽ち果て、更に3年眠った後に再び芽吹くからだ、と言うのがある」 つまり、3年間存在した後、3年間眠り、また3年間存在する。それを未来永劫繰り返すのだ。 「こんなこと、あんたが読んだ本には書いてなかっただろう?当たり前だよ。銀髪、黒眼の持ち主にだけに伝えられてきたんだから」 修道女は言った。いつか、自分にもしものことがあれば朽ちている間に木を燃やしてほしい。根から燃やせば木は再生しない。でも、葉が茂っている内に燃やすことはとても危険だから。と。 「だから、すぐにでも殺しに来たかったのに、3年も待ったんだ」 その暖かい、落ち着ける存在がとても好きだったから。だから、2人はその約束を果たすため、今回の作戦を考えたのだ。 「この木はよく燃える。それに、屋敷の至る所に時限発火装置を仕掛けた。着火まで、もう一分をきった」 「・・・使用人達まで殺す気か?」 「まさか、従業員”だけ”は神父の指示で逃げ出してるさ。組織のやつらのことは知らないけどね。一番喰えないのは、あの男だよ」 言いながら、アワラはポケットから取り出したライターを木へと投げつける。瞬間、炎上し、真っ黒な木は紅く染まり、美しく燃え上がる。 「あんたも、ここで燃えな」 やめてくれ、と命も、赦しも請えぬままレネダンの眉間に打ち込まれた銃弾。目を見開き、うっ、と短く呻き声を上げて息絶え、ピクリとも動かなくなった身体。 あまりにも呆気ない幕切れだった。
2003年11月26日(水)
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