星降る鍵を探して
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2003年09月08日(月) |
星降る鍵を探して4-3-2 |
敵の真ん中に潜入している状態で、敵から出し抜けに声をかけられたとき、克はいつも一瞬迷う。 初めから気がついていたというような、平静を装うのが良いのか。それとも大っぴらに驚いて見せた方がいいのだろうか。そもそもこの声の主は一体誰だろう、そして何故、『見つけた』などと――? しかし克が振り返るより早く、 「……あら?」 当の女性がしまった、というような声を上げた。 「あらやだ、人違いだわ」 あたしとしたことが、と呟く女性の方へ、克はようやく向き直った。 初めに飛び込んできたのは、長くて艶やかな、黒髪だった。 克の目線よりはだいぶ下に、大人びた美貌があった。白衣を着ている。ぱっと見た雰囲気が、マイキにとてもよく似ている、と思ったのは、その瞳のせいかもしれなかった。眼鏡の奥で、ややつり上がった瞳が振り返った克をまじまじと見、そして彼女ははにかんだように笑った。 「やあねえ、どうして間違えたのかしら。全然似てないわ」 「誰と間違えたんですか?」 頭を働かせながらも、克はそう言った。この女は誰だろう、と克は考えていた。この女は、今克が成りすましている、桜井の下で働いているごく普通の部下が、知っているような存在だろうか? 彼女は克の質問には答えなかった。克を見上げて、まぶしそうに微笑む。しかし克には、彼女があでやかな笑顔の裏に隠している警戒の色がかすかに見えた。 「見ない顔ね。お名前は?」 「山田です」 と言ったのは芸術館のタワーで倒した男の名前をとっさに思い出したからである。彼女はそう、と言った。 「新しく雇われたの?」 「いや、応援に来たんですよ、頼まれて」 「あら、誰に?」 「桜井……さん、に」 桜井の名前を出す、と、彼女の表情が変化する。悪戯っぽい笑み。 「他には誰もいないもの、呼び慣れた名前で呼んで構わないのよ」 「そうですか」 克はホッとした、という顔をして見せた。彼女はにこやかに頷き、言葉を継いだ。 「それで、あなたは彼の、お友達?」 「まあそんなもんです。大学の同級生でね、その縁で、いろいろ」 「あら、優秀なのね!」 「そんなことないですよ、暗記が得意だってだけで」 にっこり、ととっておきの笑顔で微笑んでやると、彼女も満面の笑顔を返した。こいつは手強い、と克は思った。彼女の浮かべた笑顔は、今克が浮かべた『とっておき』と同じ類のものだった――つまり、『営業用』という意味。彼女は今まで一言も固有名詞を言っていないのである。出来るだけ彼女から情報を引き出さなければならないと言うのに、彼女はひどく用心深かった。
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