星降る鍵を探して
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2003年09月24日(水) |
星降る鍵を探して4-4-4 |
何か重いものを、地下から引きずり上げている感じなのである。 梨花は戦慄した。こう言うときの梨花の勘は泣きたくなるほどよく当たる。そして今度も当たった。 彼らが数人がかりで担ぎ上げているのは、卓だったのである。 俯せにされて運ばれているところをちらりと見ただけだが、見間違いようがなかった。卓はぐったりとしていて、抵抗する素振りもない。梨花は食い入るようにそれを見ていた。階段の上から手すり越しに見下ろしているという今の体勢では、本当にちらりとしか見ることが出来ない。現に彼らの姿はすぐに視界から消え、勝ち誇ったような言葉を交わす男たちの群が向こうの方へ移動していく。視界はすぐに空になった。 ――マイキちゃんは……? 梨花は階段を更に降りた。マイキの姿は見えなかった。でも、あんな小さなマイキのことだ、ここから見えなくったって…… 「梨花」 流歌が追いついてきた。梨花は二の腕に手のひらを当てた。冷え切った二の腕は、ぞっとするほど冷たかった。
* * *
たたた…… 静まり返った暗い廊下に、自分の立てる足音が響く。 マイキは闇雲に廊下を走っていた。もう、ここがどこなのか、何階なのかすら、わからなくなっていた。脇腹が痛い、と頭のどこかで考えた。それから、呼吸も苦しい。 体のあちこちが痛かった。いつの間に怪我をしていたのだろう。肩の辺りがじんじんと疼くし、右足の付け根の辺りも痛かった。走れないほどではないにせよ、膝も痛い。それは剛の肩の上から振り落とされたときと、高津に叩きつけられたときに出来た打ち身だったが、マイキにはその記憶はほとんどなかった。そもそも彼女は自分の体調に気を配るという習慣がなかった。痛かったら痛いと思うだけで、痛みを軽くするためにどうすればいいかがよくわからない。 (すぐる) 考えるだけでたまらなくなる。 どうして卓がああいうことを言ったのか、ああいう目でマイキを睨んだのか、どうしてあの場所からマイキを遠ざけたかったのか、マイキには全てわかっていた。卓は何とかマイキだけは逃がそうとしてくれたのだ。いくら他の人が知ってる様々なことを知らなくたって、それくらいのことはわかっている。 (でも、かなしい) 卓に嫌われたわけじゃないって、わかっているから。 (かなしい) 卓にあんなことをさせてしまったことが。 卓にいつも守ってもらうしかできない自分が、哀しいのだ。 頬が濡れていた。これが涙だと言う知識はあった。卓が教えてくれたからだ。哀しいときに目から出る水は頬をぬらして顎を伝わり、水滴となって床に落ちる。邪魔だな、と思う。濡れた頬をいちいち拭うのは走るのの邪魔になるし、涙は目を腫らして見えにくくするし、鼻がぐしゅぐしゅになるし、しゃくり上げながら走るのはとても苦しい。でも、涙が出るのはマイキに感情があるからだって、それはいいことなんだよって、卓が教えてくれたから。いいことなのだ。きっと。 (すぐるのばか) ひくっ、と喉が引きつった。マイキはぎゅっと目を閉じた。溢れた涙が頬を滑り落ちていく。卓は頭がいいのに、とマイキは思う。卓は何でも知っているのに。それなのに、何にもわかっていないのだ。マイキには卓しかいないのに。ひとりだけ助かったって、卓に二度と会えなくなったら、嬉しくなんて全然ないのに。
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