星降る鍵を探して
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2003年09月30日(火) |
星降る鍵を探して4-4-8 |
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パン、パン、パパン。 破裂音はまだ続いていた。 マイキはその音に引き寄せられるようにして廊下を走った。その音は壁の向こう側、あの扉の向こうから聞こえてくる。 この音が何を意味しているのか、マイキは良く知っていた。恐らく、卓よりも詳しいはずである。マイキが生まれ育ったのはこの国の政治を掌握する、最高機関の本拠地である。数々の政争が陰に陽に繰り広げられる政治の世界には、あの音はつきものだった。彼女自身があの音の脅威にさらされたことはほとんどなかったが、恐ろしさは充分良く知っていた。 あの音の聞こえるところには、怖い人たちがいる。 でも。卓を連れていったのは、その怖い人たちなのだ。 怖いけど。でも。卓にもう一度会うためには、あの怖い人たちに会わなければ。 扉にたどり着き、マイキの手がノブに伸びた。ノブの形は新名家のものと同じく、下に押し下げる形式のものだ。今にも力を込めようとした時、しかし後ろから走ってきていた男が待て、と言った。 「鍵がかかってる。それに危険だ」 マイキは構わずノブを押し下げた。しかしがちん、と硬い抵抗が返ってきた。長津田の言葉通り、鍵がかかっている。 「下がれ。危険だ」 男は白衣のポケットから、一枚のカードを取り出して、マイキの前に出た。マイキは押しのけられないようにと足を踏ん張った。この向こうが危険だと言うことはわかっている。江戸城にいたとき、マイキの周りにいた人たちは、この音が聞こえる場所には絶対に近寄らせてくれなかった。でも、今日はそうはいかない。この人がマイキをあの音の聞こえないところに追いやろうとしても、絶対にここを動くわけには行かない。 卓の居場所のヒントを掴むまで、絶対に動かない。 長津田はマイキの強情の意味は分からなかったに違いない。しかし長津田はマイキの表情から何かを悟ったものだろうか、ため息をついてかがみ込んだ。マイキと視線を合わせて、長津田は言った。 「いいか? この中は危険だ。映画やドラマじゃないんだ。本当に危険なんだぞ」 マイキはこくりと頷いた。そんなこと、わかっている。 「俺はこの中に用がある。だから今から鍵を開ける。君は離れて」 マイキはきっぱりと、首を振った。黙ったまま、長津田の目を見つめる。長津田はため息をついた。 「君もこの中に用があるのか」 こくり。 「どうしても、中を見たいのか」 こくり。 「けどな、この中には危険な人間がいる。君がもしこんなところにまで入り込んでいることを知ったら、君を殺すかも知れないよ。俺は、君みたいな小さな女の子が殺されるなんて厭だ。だから君が後ろに下がらない限り、ここは開けられない」 「……」 マイキは、視線を落とした。 そう言われても、と思う。どうしても、この中の様子を探らなければならないのに。この中にいる怖い人たちに捕まるのは別に怖くはなかった。捕まったら、卓のいる場所に連れていってくれるかも知れないから。でも、と考えて、マイキはため息をついた。殺されるのは厭だ。死んだらもう卓に会えなくなる。……のだと、思う。死んだらどうなるのかなんて、卓はまだ教えてくれていなかったから、わからないけれど。 「だからさ、」 とマイキを覗き込んでいる長津田の口調が変わり、マイキは顔を上げた。長津田はその無精ひげをにっ、と持ち上げた。笑ったのだ。 「君は小さい。俺は大きい。中にいる男たちは俺には発砲しないだろう。だから、君は俺の白衣の中に隠れているといいよ」 ただし、と長津田はまじめな顔に戻って付け加えた。 「俺がいいと言うまで、絶対に白衣の外に出たらダメだ。それさえ約束するなら、この扉を開けよう」 マイキは頷いた。そして、破顔した。この人はとても頭がいい、と思った。 マイキの笑顔を見て、長津田も照れくさそうに笑った。ギャング映画に出てきそうな悪役顔が照れくさそうに笑うのは、マイキの目から見ても、可愛い、と思えた。
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