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No-Mark Stall *




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すれちがいまわりめぐってどうどうめぐり。 | 2008年02月19日(火)
彼に関してツェツィーリアが知っていることは実はとても少ない。
たとえば彼がどこで生まれたのかも知らないし、彼女と出会うまでどのような人生を送ってきたのか、聞かせてもらったことも殆どない。
それでもそれなりに長い時間を一緒にすごしてきたから食べものの好き嫌いぐらいは知っているつもりだけれど、彼がこれが好きだとか嫌いだとか断言したことはないから、あくまで彼女の推測でしかない。
あと分かっていることといえば、動物、それもやたらと鳥に好かれる性質で、うっかり鳩がたむろしている広場あたりに行くと餌も持っていないのに大勢の鳩の止まり木になってしまうこと、ツェツィーリアの面倒を見ることに強い責任感を感じているらしい、ということぐらいだ。ちなみに今の居場所も仕事の内容も知らない。

「……思ったけど、これって結構由々しき事態じゃない?」
「何を突然」
隣で一緒に店番をしていた白髪の少年が彼女の一言を聞き咎めて首を傾げる。
その呟きではっと我に返ったツェツィーリアは、なんでもないと首を振った。
「なんでもないならそんな不満げな表情しないでしょう」
「……。いやその、ですね、……あまりセヴァのこと知らないなー、って思って」
「それ、ものすごく今更なことじゃない?」
そうですけど、とツェツィーリアは唇を尖らせる。
セヴァと彼女が出会ったのはもう随分昔のことだ。それから十年近く、ほぼ毎日顔を会わせるような関係であったが――専らツェツィーリアが彼の元に押しかけていたのであって、彼から彼女のところへやってきたこと数えるほどしかない――、それにしては知らないことが多すぎるような気がする。
むすくれた彼女の頭を宥めるように撫でてやりながら、少年は頬杖をついてその顔を覗きこむ。
「なんで今になってそんなこと気にしてるのさ」
「……今朝、知らない女のひとと久しぶりに会ったね、みたいな話を楽しそうにしてたから」
素直な性格をしている彼女は問われるがまま、己の思案のきっかけをつらつらと述べていく。
今朝、仕事に向かうセヴァを見送ったあとすぐ家を出た彼女は、大通りで先ほど別れた彼の姿を見かけた。何とはなしに近寄っていったツェツィーリアは彼と談笑する見かけない女性の姿を見かけて思わず足を止め、人の影に紛れて様子を伺った。
雑踏の中から拾い上げることができた彼らの話の断片は、数年来の友人に再会しているらしい楽しげなもので、ツェツィーリアは気付かれないうちに踵を返した、という具合である。
その話をにやにやと笑いながら聞いていた少年は、ぽんぽんと彼女の頭を叩く。
「……なんですか」
「いや、まだまだ子供だなと思って」
「子供で悪ぅございましたね」
ツェツィーリアは机に突っ伏して更にふてくされる。自分の失言の深刻さを見誤ったことに気付いた少年は、苦笑しながらその瞳を悪戯っぽく見つめる。
「いや、いいんじゃない? セヴァはなんか君を甘やかしたくて世話焼きたくて仕方ないみたいだし、まだまだ甘やかされてれば?」
「おとうさーんってですか」
「……ときどきツェンって予想外に酷いよね。セヴァの自業自得だとは思うけど、おにーさん、くらいにしてあげないと泣いちゃうよ」
不思議そうに瞬いた彼女は、相手のことを鈍い鈍いと散々嘆いているくせに自分の鈍感さにはさっぱり思いが向かわないらしい。

「……セヴァは今、私の世話焼くことを自分の生き甲斐だと思い込んでるから。セヴァが本当に自分のやりたいこと見つけたら、重荷にならないようにちゃんと離れていかないといけないことは分かってるんだけど」
ふと見かけた些細な出来事にすら彼女はこれだけ動揺している。
難しいなあ、とツェツィーリアは呟いて窓の外を見上げた。
空は美しい青色をしていて、それは少し彼の髪の色に似ていた。

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「君ってさあ、口下手なのも大概にしないとそのうち大切なものに逃げられるよ」
白髪の少年が仲介した依頼を無事に片付けて報告に戻ってきたセヴァは、愛らしい笑みと共に吐かれた毒に困惑して眉根を寄せた。
「何を突然」
「んー、ツェンのところに帰ってみて僕の言葉の意味が分からないようなら、っていうか自分で解決出来ないようだったらツェンうちに引き取るから」
「はっ?」
戸惑い訝しげに少年を見つめる瞳に、言葉の意味を理解した瞬間剣呑な光が宿る。それを愉しげに見つめ返して彼は笑った。
「僕もさー、いい加減あっちこっちの痴話喧嘩に巻き込まれるのには疲れてきたんだよ。いちいち面倒みてらんない」
「何の話かまったく分からないのですが」
「そのうちおにいちゃん、会わせたいひとがいるの、とか言われないようにねってことだよ。そんなんなっても僕は助けないから」
「ツェンに余計な虫がついたとでも?」
事情を問い詰める気満々のセヴァに呆れた彼はしっしと手を振って追い返す。
「僕に聞く前にツェンのところに行ってあげれば? 君ってば生真面目だもの、戻ってまず僕のところに報告にきたんでしょ。この街に来て結構経つとはいえ、彼女にとっては知らないことの方がまだまだ多い。君に長期の仕事を割り当てないのは素敵な上司の部下に対する素晴らしい配慮だと思わない?」
その言葉を聞いた途端におざなりな礼をして急いで退出していくセヴァを見送り、少年は疲れたと言わんばかりに大きな溜息をついた。

*

「ただいま、ツェン」
珍しく息を切らして帰ったセヴァに、いつものような元気な迎えの挨拶はなかった。
既に日は暮れたとはいえ、人々が眠りに就くまでにはまだ少し時間がある。
彼女の姿は居間とそこに繋がる台所にはなかった。私室を覗いたが、そこにもツェツィーリアはいなかった。
どこにいるのかと焦りつつも、ひとまずは動くのに邪魔な旅装を置くべく自室の扉を開けた彼は、そこにある光景に虚を突かれた。
「……なんでここで寝てるの?」
ぎゅうと枕を抱きしめて、何故か彼の寝台でツェツィーリアはぐうぐう眠っていた。あまりに快さそうに眠っているものだから揺り起こすのもはばかれて、彼はひとまず砂埃まみれの全身を洗いに向かった。

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兄ちゃんの方はぶっちゃけ名前を度忘れしまして慌ててファイル漁りました。長髪男性お題やっといてよかった。
written by MitukiHome
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