* |
Index|Past|New |
死出の旅路の連れにはあなた。 | 2008年04月21日(月) |
暗闇の中、彼は手を引かれて歩いていた。 ぽつぽつと見受けられる、青白くゆらめく灯に時折目を惹かれながらもその意識は繋いだ手の持ち主のところにある。 彼より頭ひとつ分小さい背丈。癖のないさらさらと流れる黒髪。華奢な肩から伸びるたおやかな腕。彼の掌にすっぽりと収まる小さな愛らしい手。 明かりは道の脇を遠くゆらめくかすかなものだというのに、どうしてか彼女の姿は鮮明に映る。 ただ黙々と彼を導くその娘の見慣れた後姿を久方ぶりに見つめ、彼はふふと小さく笑みを零した。 「なんです?」 笑い声を耳に留めたのか、彼女がこちらを振り向く。するりと抜けそうになった手に指を絡めながら彼はもう一度笑った。 「いや。死出の旅路の連れがあなたとは、僕も随分果報者だなあと思いまして」 「私がお連れするのは裁きの場までです」 冷たく言い切る彼女は、がんじがらめにされた片手をちらりと見やって怪訝そうにしながらもそれ以上は言葉をもらすこともなく、再び無言で歩き始めた。道も見えないのにその足取りに迷いはない。彼以外に幾つの魂を彼女はこうして迎えたのだろう。ふたりの間に生まれた子供たちのうち幾人かは彼より先にこの黄泉路を通ったはずだ。その子たちも彼女がこうして導いてやったのか。 つらつらそのようなことを考えながらも、彼はことりと首を傾げた。 「そう急ぐこともないでしょう、どうせこの場が最後なのだから」 ゆらりと目前の黒髪が揺れる。 人前では結い上げることの多かったその髪を優しく梳きながら、彼は乞うように甘く囁く。 「もっとゆっくり歩きませんか」 女は答えなかったが、せかせかとしていた歩みが緩やかになるのを感じ取り、彼はまた笑った。 ****** どうも私の死んだ直後のイメージは「夏の夜のような真っ暗闇の中、脇に遠く灯を見ながら歩いていく」らしいです。どこにだ。 |