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あに。 | 2008年04月18日(金) |
「私はお前には殺されてやらん」 兄は地面に座り込んだ弟を見下ろして薄く笑った。 「玉座は私のものだ。それを奪おうという心意気そのものは認めてやらないでもないが、それならそれでもっとやる気を見せろ。子供の悪戯のようなこんな幼稚な計画に引っかかる馬鹿がどこにいる。母親は違うが仮にも私の血を分けた弟だろう。そして私と争おうというのだ、まさかこの程度とは言わないだろう?」 * 気付けば、開いた窓から入り込む柔らかな昼の日差しを遮るように、妻が彼の顔を除きこんでいた。 「どうしましたの、あなた。顔色が悪くてよ」 爽やかな初夏の風が涼しさを運んできているというのに背中に気持ちの悪い汗が滲んでいる。 「……いや、少し夢を見ていただけだ」 そう、あれは、冷徹で容赦のない兄に言葉の刃を突きつけられ、力の差を見せ付けられたあの日の夢だ。今の現実ではありえない。 「義兄上の?」 「どうして分かる」 「だってあなたがそんな顔をするのはお義兄さまのことを思い出しているときぐらいのものですわ」 口元に手をやってころころ笑う妻を迫力なく睨みつけ、彼は起き上がりかけていた体をまたソファへ投げやった。 「どんな顔だよ一体」 「凄く青ざめていて、怯えていて、そして縋るように慕っている目をしておられますわ。わたくしがお義兄さまに少し嫉妬してしまいそうなくらい」 そう語る妻の目に笑みはなく、語った言葉が本音だということに彼は軽く目眩を覚えた。 「意味が分からん。というか気色悪い説明をするな。私は兄上は嫌いだ」 兄といい妻といいどうしてこうも恐ろしい性格をしているのか。自分を生み縁談を調えた両親に対して彼は心の中で恨み言をつらつら述べつつ嘆息した。 「嘘つきはいけませんわよ? 本当はお義兄さまのこと大好きなんでしょう?」 「嫌いだ、あんなおっかない兄などいらん」 「怯えなくても、お義兄さまはあなたのことを可愛がってくださっていますわ」 「あいにくそんな記憶はない」 父や公衆の面前で何度兄にやりこめられたことか。彼の矜持をずたずたに引き裂き傷つけながら平然としている彼には、優しくしてもらった記憶どころか屈託なく笑いかけてもらったことすらない。 思い出せば出すほど沈んでいく自分の感情に思い切り引きずられ、彼は肩を落とした。眠気はないが動くだけの気力もない。 けれどもそれだけ、兄は彼にとって大きく心を占める人物であった。 父よりも、母よりも、――誰より兄に、認められたい。 本人も自覚していないそんな切実な願望に気付いているのは彼の隣で微笑む妻だけだった。 ****** おにいちゃん大好きっこ。 |