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パパと娘さんたち。 | 2009年03月07日(土) |
ゆらりと霞むかげろうの向こう。 数えるのも飽くほどの年月を経てようやく、彼はその懐かしい光輝の欠片を再び目にした。 彼は背後を振り返る。 どこか沈んだ目をした娘がふたり、彼に忠実に付き従っている。 「何をそんなに憂うことがある?」 「……お父さま」 久々に耳にするその呼称に、彼はくすぐったいような微笑ましさを覚えて目を細める。 彼は軽く屈み、怯えるように睫毛を伏せる彼女たちに目線を合わせてやさしく笑いかけた。 「ああ、どうした?」 左右に控えていたうちの片方、ゆるく波を打つ長い髪の娘が顔を上げ、彼を見つめる。彼女の血筋を彼に対してこれ以上ないほど完璧に証明する、黄金を秘めた新緑の瞳の色は戸惑いと悲哀に揺れていた。 「他の方法を取るわけにはいかないのですか?」 「私としても、かつての家であったあの都には愛着があるのだよ」 「でも……」 「私が長いこと妻と過ごした愛しい都だ。けれども私に牙を剥き、すべてを損ねた。主に逆らう獣には、きちんと罰を与えて躾けてやらなくてはならない」 「……でも、あそこには……」 翠の瞳は潤んではいるが涙を溜めてはいない。彼に食い下がる娘の顔を覗き込み、彼はなるべく彼女を怯えさせないよう、声に注意を払って娘に語りかけた。 「知っているよ。あそこにはお前の惚れた男が暮らしているのだろう」 羞恥に頬を染めつつも小さく頷く娘の初々しさに小さく笑みを零し、彼は続けた。 「けれどその男も既にあの都を出たと聞いた。心残りはないだろう?」 「……そうなのですか。でも……」 ためらう娘の髪を撫で、彼は殊更穏やかに話しかける。 「確かに、何も知らない者たちまで巻き込むのは酷いことだろう。優しいお前がそれで心を痛めるのも無理はないことだ。けれど彼らの安寧は私の払った犠牲の上に成り立っている。あいにく私の心は狭くてね、知らないからといって無条件に許す気にはなれないのだよ。嫌ならば目を閉じ、耳を塞いでいるといい」 それ以上の反論が浮かばないのか、娘は未だ戸惑った様子ながらもようやく頷いた。いい子だと頭を撫で、彼はもうひとりの娘に目をやった。 「お前は、何か言いたいことはあるのか?」 「……そういうお約束ですから」 短髪の娘はそれだけを言うと、不機嫌そうに口を閉ざす。 その髪も軽く撫でてやり、彼は再びかげろうへと視線を向けた。 ****** 悪役なお父さんと娘たち。 主人公と対立するキャラの質がかなり重要だなと最近思います。 |