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待ち人きたりて愛を説く。 | 2009年11月16日(月) |
私たちは、たったひとりしか選べない。 * 風が強い。 大地を遥か彼方に臨む、空のただ中で彼女たちは待っていた。 細くたなびく雲に手を伸ばせば届く、地上からは見通せないほど高い高い空の中に、ぽつんと在る、石造りの神殿。基礎の下に地面はなく、ただその建造物だけが宙に浮かぶ、それはまぎれもなく神代の遺跡だ。 天涯の祭壇。王の墓所。死出の扉。 血の中に眠る記憶だけが、この楼閣の秘密を開ける鍵だ。 冷たい回廊の淵を裸足で歩きながら、彼女は風に髪を遊ばせ、遠い彼方のひとりを想う。 「来るかしら、来ないかしら」 「来るかも、来ないかも」 彼女の独り言に、近くの階段に腰かけ、空を眺めていたもうひとりが笑う。 「会いたいの?」 「会いたいわ」 でも無理ね、と彼女は俯く。白く流れる雲に遮られ、赤い地上はその姿を隠している。たとえ晴れたとしても、人間ひとりの小さな姿など捉えられないほど、空の高い場所に神殿はある。 「綺麗な空ね」 「青いわね」 「雲って見ていると乗れそうな気がしてこない?」 「だからって身投げなんてしないでね」 くすくすと軽やかな娘たちの笑い声が響く。 柔らかに朗らかなその声は春の花々を思い起こさせたが、同時に雪のように冴え冴えとした狂気を孕んでもいた。 「大好きよ」 だから来ないでちょうだいと彼女は嘆く。 「愛してる」 だから来てねと彼女はうたう。 どちらが本音か、それはどちらにも分からない。 |