りょう、と彼は私を呼んだ。そんな風に呼ぶのは彼だけだった。 だから私はあの夏の日に、そう呼ばれることがなくなった。 それは当たり前のことだった。 当たり前すぎて悲しかった。 誰もそれを意識しなかったのだろう。 ただ私の中でだけ、発覚した真実だった。
「りょう」 「は?」 「りょうって呼んで」 「何スか、それ」 「いいから、呼んで」
手を伸ばして彼よりも小さな背中を抱く。 この背中が時を経て彼と同じくらい大きくなるまで、 私たちは一緒にいることがあるだろうか。 首もとに顔を埋めて、くちびるで軽く皮膚を食みながら、 私は思い出に浸る。 もしかしたら、誰かにとってはこれはひどく残酷なことなのかもしれなかった。
「涼子さん」
阿部は、私をりょう、とは呼ばなかった。 何故なら、私をそう呼ぶ人間はあの夏の日にいなくなってしまったからだ。 それは当たり前のことだった。
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