初めて見たときからきっともうだめだったのだ。 そうアリシアは思った。 自分の持たぬ闇の色をした髪も、瞳も、男性にしては小さなその身体も、愛おしくて仕方がなかった。 イギリスは自分のことを紳士だと言うけれど、穏やかで誰に対しても丁寧な彼の方が紳士と呼ぶに相応しいだろう。 その慎重な動作はまるでスローモーションのように映る。 握手と称して触れた手が、そのままの速度で自分の頬を撫でてくれればいいとさえ思った。
けれど慎重な彼はそれをしないだろう。 アリシアとそういった関係を持つことが、お互いの立場を悪化させることを知っているからだ。 彼は賢い男でもあった。 しかし、アリシアも馬鹿な女ではなかった。 彼女は常に、国の外部的安定には気を配っていたし、そのためにはなんでもしてきた。 それを壊すことは本意ではない。 だが、それでも。
欲しいと思った。 穏やかに流れる河水のような日本の心を、かき乱したかった。
「ア、アリシアさん…!」 「ずっと、こうしたかった」 「いけません、誰かに見られたら…」 「見られなければいいんでしょう?大丈夫…私、そういうの得意だから…」
ピクリとわずかに揺れる身体から、アリシアは日本の動揺を知った。 背中に回した腕を解き、彼女は顔を上げてじっと日本の瞳を見つめた。 闇色の瞳。 きっとブラックホールで出来ているのだわ。 アリシアはそう思った。
「知ってるでしょ、私がそういう女だって。だから、難しく考えないで」 「…」 「あなたが困ることはしないわ、ただ、抑えきれなかっただけ。あなたが…」
言いながら、目頭が熱くなるのをアリシアは感じた。 ここはクールに言い放つところなのに。 自分の醜態を恥じながらも、頬を滑る涙を止める術を彼女は持たなかった。
「あなたが、好きなだけ」
吸い込まれそうな日本の瞳から目をそらすことなく、彼女はそれを告げた。 そんなアリシアの碧い瞳を、日本は海のようだと思った。 底の知れぬ母なる海の青。 美しい海の色。 溢れる涙の一粒一粒さえも、全てすくい取りたいほど美しい。
そう、アリシアは美しい女だった。 日本はそれを出会ったその時から知っていたし、その時からきっと彼女を想っていた。 美しく、聡明なアリシア。 その薄い色の髪や雪の肌に触れたいと、何度願っただろう。
宙に浮いた日本の両手がそれを叶えるのに、そう時間は掛からなかった。
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