HIS AND HER LOG

2008年09月18日(木) 桜の世界


春は出逢いの季節だと誰かが言った。
千代にとってもそれは違いないことであったが、既に今の職に就いて3年目となった。
十になるかならないかの子どもたちとの新たな出逢いも、また1年ごとに起こる当然の事象として彼女の中に組み込まれていた。
だから、春は出逢いの季節であって、そうではない。
これが彼女の認識である。

そして、季節は春。
学園の桜も思い思いに咲き乱れていた。



「あ、千代ちゃあん、お客さまだよお」

遅めの食事を摂って戻ってきた千代に、小松田が手を振った。
彼の横には少年が一人、佇んでいた。
少年、と間違いなく分かるほどにまだ幼い顔をした彼は、腰には刀を下げ、整った髷を結っていた。

武家の人間がこの学園を訪れるのはそれほど珍しいことではない。
教師や上級生を始めとした仕事の依頼や、また将来城付きの忍にとのリクルーターもある時期には増える。
しかし、千代には悪い予感があった。
自分を名指しで訪れたこの客がきっと「そう」であることを、彼女はなんとなく、感じ取っていた。

「小松田くん、どちらさま?」

なるべく冷静を装って声を吐く。
それはとても慣れた作業であった。

「ヤマザクラ城から参りました、」

小松田より先に、少年が答えた。
あとにに続けられた名に、彼女は自分の勘が当たっていたことを確信する。
肺の中の空気を吐き出したい衝動を抑え、千代はにこりと笑った。

「そうですか、お話はこちらでお聞きしましょう。小松田くん、悪いけどよろしくね」

うん、と呆けたような顔をする小松田を横目で流しながら、千代は少年と共にまた来た道を戻っていった。

薄桃色の花びらが1枚、2人を追いかけるように風に乗ってすべる。
追いつくことなく足元に落ちたそれを、小松田は何気なく手に取った。

「小松田さん」

はあい、と呼ばれた声に反応した彼が後に気付いた時には、
既に拾った花びらは彼の手を離れ、姿をくらませていた。

届けばよかったのに、と小松田は思った。
あの花びらが2人の背中に届いていたら、たとえば。
たとえば、なんだろう。
ぴた、と止まった思考はそれ以上進むことはなかった。
吉野先生の怒号と共に、彼は思考の代わりに書類をまとめる手を動かし始めた。

彼は知らない。
千代が若侍と去った後に自分を呼んだ善法寺伊作が、彼女を慕っていることを。
そして、彼はしらない。
その伊作が、千代と少年の後姿をじっとりと見詰めていたことを。

「千代さん」

午後の授業に戻った伊作は、ぽつりと心の中で千代を呼んだ。
誰と、何をしているかも分からぬ千代を。
ああ、これが嫉妬なのだ、と気付き、満開の桜に囲まれた美しい世界の中で、彼は唇を強く噛んだ。


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ハチス [MAIL]

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