映画
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K先輩に「色が白い」と言われただけで。 それを誉め言葉だと思い込んで、私のドキドキは止まらなくなりました。 先輩に女として見られてる・・・ 勝手にそんな風に、意識をし始めてしまいました。
前の映画が終わり、出てくる人と入れ違いに映画館の中に入りました。 人の多さと思ったよりも暗いことで、私は戸惑いました。 とても歩きづらく、前を歩く先輩にくっついて行くのが大変でした。 先輩が振り返って、手を引いてくれないか・・・ そんなことを、少しだけ期待しました。
上映前の映画館のあのほの暗さに、私はまるで夢の中に居るような錯覚を起こし掛けていました。 オレンジ系の薄明かりの中で動く人々は、自分も含め現実感が無いように感じました。 そして、先輩の背中を見ている内に、私は無意識にその服を掴んでしまいました。 平気で私の頭などを叩く先輩とは対照的に、私は決して自分からは先輩に近寄ろうともしませんでした。 その私が、初めて自分から先輩に触れました。
K先輩が引っ張られたことに気付き、足を止めて振り返った途端、一気に目が覚めました。 我ながら、なんて厚かましく大胆な事をしたんだろう・・と焦りました。
「あ・・ごめんなさい」
慌てて服から手を離すと、
「捕まってろ」
とだけ先輩は言い、何事も無かったかのようにまた歩き出しました。 捕まってろと言われても・・・ 夢から覚めた状態の私は、もう、恥ずかしくて再び先輩に捕まる事は出来ず。 離した手をグーにして、かと言って、延ばしたままだった自分の腕を元に戻す事もできず。 中途半端にいつでも捕まれるような斜めな状態で先輩の後をついて行きました。
ようやく開いた席を見つけると、先輩に「先行って」と言われました。 その席まで既に座っている人の前を歩く間、後ろから歩いてくる先輩に自分の後姿を見られていると意識してしまい、物凄く緊張しました。 席に着くと、先輩はすぐ、先輩らしくふんぞり返るような乱暴な姿勢で座りました。 二人の間の肘掛に置かれた先輩の腕と、ふんぞり返った先輩の膝があまりにも近すぎて。 自分の身体が先輩に触れないように、私は肩と足に力を入れた状態になりました。
上映が始まり暗くなると、私の緊張度は益々高くなりました。 予告編の間は、画面よりも自分の視界のギリギリ右端。 かすかに見える画面の明るさに浮かび上がる先輩の表情を、ドキドキしながらそっと見ていました。
映画は、私が初めて観るような暴力的なシーンもあり。 私の父は喧嘩っ早い性格で、お酒を飲むと時には路上で喧嘩を始めてしまう人でした。 幼い頃の私にとって、それは物凄く怖い思いをさせられた記憶です。 その頃の私には、まだその恐怖心が少しだけ残っていました。 そんな記憶よりもそのシーンは刺激が強く、私は画面からかすかに顔を背けました。 それはわざとではなく、自然に、いつもの首を傾げるのと同じ方向。 右側の先輩の方に斜めに首を傾けた感じになりました。 始めは、ほんのわずかにだったと思います。 それでも、先輩がそんな私に少し気付いている気配がありました。
二度目はそれより、ほんの少し大きく首を傾けました。 それはもう、先輩の存在を意識してなかったと言えば嘘になります。 先輩の肩に寄りかかろうとか、手を繋いで欲しいとか。 そういう事では無くて、「怖い」というのを知って欲しいと言う感じでした。 少しは可愛いと思われたいとかいうような打算があったのかもしれません。 先輩は、さっきよりも確実に、私を気に掛けてくれているようでした。
次に血が飛ぶようなシーンになった時には、さすがに先輩を意識する事など忘れて、本当に観ていられず顔を伏せました。 そして、もう終ったかとそろそろと顔を上げようとすると
「まだ、目、つぶってな」
と先輩に小声で言われました。 その声がすごく優しくて、まるで先輩に守られているようで嬉しく思いました。 少しすると先輩は、「もう、いいよ」とそのシーンが終った事を教えてくれました。 そろそろと顔を上げながら先輩の表情を見ると、先輩は真っ直ぐスクリーンを観ていました。
ラブシーンが始まると、今度は身の置き場が無いような居たたまれなさを感じました。 女子高だった私の周りには、耳年増な子がふざけて色んなエッチな事を言う子も沢山居ました。 でも、私はなんとなく、その表現が汚らしくて好きになれず、そういう話題の時は避けるようにしていました。 私のその頃のそういった知識は全て、テレビドラマの1シーンから得たものでした。
ところが。 映画は、テレビで観る比ではありませんでした。 それは、私が今まで観た事も無い、衝撃的なシーンでした。 想像すらした事も無い、全く未知の状態と言っても良いぐらいのシーンだった為、暗いスクリーンの中で二人が重なっては居ても、それが何なのか分からずにいました。 最初に響いて来たのは、女優さんの苦しげな声でした。 その声は、今までテレビで聞いた事が無いような声でした。 多分、私はそれまで普通にスクリーンを観ていたのだと思います。 それが喘ぎ声だと気付いた途端、物凄い恥ずかしさとショックが同時に押し寄せてきました。
ショック覚めやらぬまま映画は終わり、エンドロールの最中、私は映画が始まった時以上に緊張し、身を堅くしている状態でした。 先輩に、「出るぞ」と声を掛けられると、少しほっとすると同時に残念に思いました。 ドキドキしながら、先輩と近いこの状態で私は何かを少し期待してたのかもしれません。 でも、明るい所に行くと、余計に私は恥ずかしくて顔を上げらずギクシャクしだしました。 「面白かった」とか「良かった」とか映画の感想を言うべきかもしれないのに、何も出てきません。 きっと、先輩は私のそんな状態を見て何か思って言ったのだと思います。
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