「なぁ、鋼の」 クスクスと小さく笑いながら男は楽しそうな表情でグラスに口を付けると、カランと音をたてて氷がグラスのなかで回った。 言葉に反応するようにエドワードはそちらに目をやった。 思わず『酔っぱらいめ』と内心呟きつつも続きを促す様に首を傾ぐと、笑ったままの男はグラスを持ったまま椅子から立ち上がった。 そしてそのまま空いた片手でゆっくりと机の側面をなぞりながら正面まで数歩歩く。その短い距離ですらふらついている足取りが、エドワードには腹立たしいようで哀れに思えた。 けれどそんな事など露程も知らなそうに唇の端を歪めて笑う男は、椅子に座らずに体重を机にかけながら言葉を続ける。 「お前がそんなに頑張ってるのは、弟のためなんだろう?」 カラン。 また氷がグラスにぶつかって音をたてる。 ふとその音に気をとられたその一瞬のうちに男の目からは楽しそうな色は消え失せていた。 突然のその変化にエドワードが言葉を選ぼうとするとすぐに男はまた笑った。今度は口元だけで。 その癪に障るような表情に不快感も露に、エドワードは睨みつけて返した。 「……だから、どうした」 「そんなに大事か、弟が」 ただの酔っぱらい。そう侮るのはきっと得策ではない。 その薄っぺらい笑いも、含んだような物言いも、なにもかもが不信感ばかりあおる。 「あたりまえだろ…あいつは俺のたった一人の家族なんだから」 「たったひとりの、家族、か」 まるで言葉を確かめて租借するように繰り返す男をさらに鋭く睨みつけると、そのはずみで出した声は、つい、怒気がはらんだものになった。 「茶化すんじゃねーよ」 「いやいや、茶化してなどいないさ」 「じゃあ、なんだっていうんだ。言いたい事があるならはっきり言えよ」 「怒るなよ、鋼の。別に他意はない」 カラン。 ああまた氷の回る音。まったく、昼間からこんな酔う程ウィスキーを飲む軍人なんて訊いた事がない。 「だいたい、それがどうしたっていうんだ」 確信をつかない男の言葉に、つい吐き捨てるように答えてしまったが、彼は眉間にしわをよせることもなく、グラスに口をつけたまま目を閉じて黙り込んでいる。 そんな態度に苛立つにつれて、反対にエドワードの眉間のしわは深まっていく。 「…………」 まったく腹が立つ。エドワードは手前のテーブルを軽くたたいた。ドン、と思ったよりも鈍い音が響いて自分でも少し驚きそうになったがそれを無視してさらに返事を促した。 「はっきり言えよ、大佐」 すると男はふと思いついたかのように目を開き,グラスから口を離した。 そして少し何かを考えるかのようにグラスのなかを眺めていたが、ようやく口を開いた。 「……そんなに大事な弟なら、俺にくれないか、鋼の。」 「!?」 予想外の問いかけに返事に窮するエドワードを見据えた男の目は酔ってもいなかったけれど正気にも見えなかった。 「そんなに大事なら、突然失う時の痛みは半端じゃないだろう? お前みたいなのが立ち直れなくなるのはこちらも困るんだがな」 笑みは消えていたけれど、それはきっと嘘だろうと思った。 「……お前なんかに、大事な弟はやれない…」 そんな口実に騙されたりはしないと呟くと、また男がクスクスと笑った。 「フン、冗談だよ。」 妹なら本気だったかもしれんがな、と言ってうつむいた男の表情は、前髪で見えなくなった。 泣いているのかもしれない。そう思ったけれど手を伸ばす事も声をかけることもせずに部屋を出た。 背を向けた瞬間、再び氷がグラス内で回る音が聞こえた。 -- 意味がわからなくてすみません… 実はロイアルも、好きです。 (…………あんた…)
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