神も仏も信じた事はないが時折感じるのはそういった高みに近い位置に存在できる人間はいるということだ。それから、たとえそんな上まで登らなくても、他人を踏みつけるに十分な位置に存在できる人間というのは掃いて捨てるほどいて、そういった人間に踏みつけられ虐げられる存在というのは願わなくてもなれるもので、それこそ掃いても掃いても捨てきれないほどこの世界に溢れているってことだ。 少なくとも俺の世界はそうで、俺は限りなくその底辺で煙草なんかふかしているわけだ。 夜の冷たい空気に震えて、ナイロンジャージのなかで身を縮こまらせ、ワンカップを買うなけなしの金さえも底をついてしまったおかげで空のカップを灰皿に残り一本の煙草に火をつけ、傷だらけのガードレールに腰かけたりなんかして。 まったく何してんだか、と自分でも呆れるほど馬鹿げた行動だとは思う。だがこうしていなければいけないような気がした。すくなくとも今夜はこうしている必要があると思えた――だからこうしているのだが。 さっき酒屋のデジタル時計を覗き込んだとき、日付が変わるまではあと二十七分だった。 「遅ェ」 小さく呟けば息が微かに白く濁った。空気の冷たさをその色で感じ、思わず身震いしてまだ火の燻る煙草を空のワンカップのなかに落とした。短くなったそれを視界から外して、吐き出した息のような紫煙をなかったことにして、俺は理由も無く微苦笑して、電気の切れかけた街灯をあおいだ――もうじき日付は変わってしまう。 やはり自惚れも過ぎたかと仕方なくアパートの自室に戻ろうかという考えが頭をもたげる。それでも足がうごかないのは、きっと期待しているからに違いない。 きっともうじき現れるであろう奴は開口一番「何をしている」なんて馬鹿げた質問をして、それから俺のこの足元に並べたいくつかの空のワンカップや吸い殻をみて嫌悪感も露な顔をするに違いない。それから「お前がいつまでも来ないからきてやった」なんて偉そうにしかたのない嘘をつくのだ。どうせ俺を待つ暇などないくせに、馬鹿げた見栄を今更はりながら、あの綺麗な男はただひとつ自分の腕と言葉を求めて、この日のためだけに切り詰めた時間をここへと持ってくるに違いないのだ。 すべてはわかりきっている。それから俺がそれを期待していることなんて、癪ではあるが恐らくあいつにとってもお見通しなのだ。 俺は期待をこめて目を閉じた。 -- 瀬人のお誕生日が近いから。
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