華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2007年01月02日(火) 白雪姫はもう目覚めない。 〜彼女の不安〜 |
<前号より続く> 10時半を過ぎた頃、由紀乃が家に現れた。 当時住んでいた日進市から、電車でやって来たのだ。 若干酔っ払っている様子の由紀乃は、躊躇うことなく部屋に入る。 そこで部屋のクッションに枝垂れ掛かる。 「平良ぁ、今夜は飲もうよぉ」 由紀乃はそう呟く。 忌憚無い会話を交わせる関係ではあったが、こんなことは今までなかった。 俺は部屋にあった安物のブランデーや焼酎を出した。 しかし、つまみになりそうなものは無い。 「前のコンビニで買ってきてよ…」 そういうと、俺を部屋から追い出した。 仕方なく、近所のコンビニでつまみを買い、部屋に戻る。 由紀乃は冷蔵庫から勝手に氷を出し、グラスに注いだブランデーを煽っていた。 「…由紀乃さぁ、なんちゅう呑み方をしてるんだ?」 「なんか文句ある?あるならはっきり言えよ、言えってば…」 彼女は荒れていた。 一通りアルコールを飲み下すと、今度は思いがけない事を言った。 「今日さ、泊まっていくから…パジャマ貸りるね」 「そりゃまずいよ!お前、付き合ってる男がいるだろ?」 「いいんだって、黙ってりゃ分からないから」 「だからと言ってさぁ…」 「あ、嫌なの?いいよ嫌なら、橋の下で野宿すっから!」 ここで折れてやらないと、いくら寒空の中でも、この女は本気でやりかねない… 女の手管だと判っている。 俺は渋々と洗濯したばかりのパジャマを貸した。 してやったりの由紀乃。 そして再び俺を部屋から追い出す。 呼ばれて部屋に入ると、俺のパジャマに着替えた由紀乃が立っていた。 「やっぱり平良って図体でかいねぇ…」 「…悪かったなぁ」 俺のパジャマを、小柄な由紀乃が着たのだから、当然余裕がありすぎる。 まるで親の服を着た子供のいたずらにしか見えない光景に、吹き出した。 この日の由紀乃はまだ飲み足りないらしく、その後も飲み続けた。 「…何があったんだ?」 「何でそんなこと聞くの?」 「いつものお前の飲み方じゃないじゃん」 「…うっせぇなぁ」 「いいから話せよ、そのつもりで来たんだろ?」 「…だって、だって」 他所の男の家に泊りに来るほどの理由を、俺は聞きたい。 傍らで、どこか言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。 ・・・ 由紀乃は、寺下からのプロポーズを受け、悩んでいた。 寺下の実家も由紀乃のことを気に入っているらしい。 この話は寺下家だけでなく、由紀乃の実家からも歓迎された。 双方から早く孫の顔を見たいと言われる。 そして女は家庭と子育てのために、激務の教師業を辞めるよう言い渡された。 力量を認められ、早くも学級担任を持った由紀乃にとって、 一生の生業と決めた仕事を放り出すことになる。 仕事と結婚。 生業と家庭。 どちらを取るかで、決断を迫られていた。 両方取っちゃえばいい! いつもの由紀乃なら、そう言い放つだろう。 しかし、自分の問題だけではない重圧が彼女の調子を狂わせる。 そんな由紀乃の悩みに、当の寺下は明確な考えを表せないでいた。 彼に解決を求めたのではない。 きっと、はっきりとした言葉で、彼女を勇気付けてほしかったのだろう。 優しい寺下は、自分の実家と彼女との狭間で、彼女の悩みを受け取ることしか 出来ないでいた。 由紀乃は自分の迷いに意見一つ出さない寺下に、不安を抱いていた。 そんな彼女がつい漏らした、決して寺下には言えない、弱音。 「なぜ、それを俺に言うんだ?」 「…親友(ともだち)、でしょ?」 その意思を、友達の寺下に伝えろ、と言うのか。 俺はそう解釈した。 しかし、ここは俺の出番では無いと考えた。 二人の問題、ならば二人で解決すべきだと。 俺も曖昧な返事で由紀乃の愚痴混じりの話を聞いていた。 ・・・ いつしか俺は寝こけてしまう。 新聞を配達するバイクの音で気がついた。 朝になっていた。 由紀乃は俺の傍らに、膝を抱えたまま座っていた。 「平良ぁ、酔っちゃったし、もう寝よっかぁ…」 「あ?この部屋には俺の布団しか無いぞ」 「一緒に寝ればいいじゃん、布団一つならさ」 「…?」 「寂しいじゃん、男の一人寝なんて、ねぇ」 「…まずかろう、それって」 「安心して、私なら、今はその気全く無いから」 「あのな、俺の問題なんだって、そういうことはさ」 「私ね、言っておくけど、藤崎ほど大胆じゃないから」 「ふ、藤崎…?」 「昔、泊ってったでしょ?私、知ってるんだから」 「…あぁ」 甘苦い記憶がよぎる。 藤崎とのエレヂィ。<リンク> 確かに、由紀乃と藤崎とは親友だ。 行間の脅迫というのか、直接的ではないが、言いたい事が伝わってくる。 さすが、国語科の中学教師だ。 結局、由紀乃は昼過ぎまで俺の布団で寝ていった。 俺は布団に入らず、いや入れずにその脇で横たわった。 夕方、日が沈んだ後。 すっかり二日酔い状態で冴えない由紀乃と身体が冷えて節々が痛む俺は、 ふらつきながら近所の駅まで歩いていった。 「平良、もっと度胸あるかと思ってた」 「どういう意味だよ?」 「女なら誰でも手を出すかと思ってたってことよ」 「…お前には出さない、絶対出さない」 「それって、私が親友(ともだち)だから?」 「男と女の間には、友情は存在いたしません!それに惚れられたら困るからな」 「言ってくれるじゃん!じゃいっそ、抱かれちゃえばよかったかなぁ〜?」 「もしそうなったら、俺の指だけで離れられなくなるぜ」 「どういう意味だよ、このエロオヤジ!」 「わかってんじゃんか!エロ教師!」 くだらない会話が妙に楽しかったのは、きっと寝不足のせいだ。 ・・・・・・・・ その後、俺たちが顔を合わせると、どちらともなくこの日の思い出話になった。 それも、もう話すこともない。 すっかり日も暮れた。 暗闇から北風が吹き荒ぶ。 天気予報は、東海地方は今夜から断続的な大雪だという。 随分遅れたが、何とか毘森公園に到着した。 その奥にある駐車場へと、車を止める。 俺は車内で外していたネクタイを締め、コートを手に車を降りた。 はでやかな結婚式場がライトアップされている。 ここで式を挙げるつもりだったか… 俺はそのまぶしい建物を見上げた。 <以下次号> |
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