華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2007年11月04日(日) 欠けたる月の兎。 〜一万円の大罪〜 |
暫く経った、ある晩秋の日。 仕事中、携帯にメールが入る。 「今夜7時、自宅前の○○○喫茶店で待ってます」 ウサギからだった。 東海地方一円にチェーン展開する喫茶店にいるという。 ただならぬ気配を感じた俺は、その喫茶店へ向かった。 人影もまばらな店内。 ウサギはぼんやりと遠くを見つめながら、ボックス席にいた。 ウサギは俺を見て、ふと微笑を浮かべた。 俺はその席に座り、ホットのカフェ・オ・レを注文する。 他愛も無い会話で小一時間。 今までで一番平穏な時間を過ごした。 店を出る前、ウサギは俺に懇願した。 「車に乗せて、出さなくていいから」 俺はウサギを助手席に乗せ、再び色々な話をした。 車内には、満月の月明かり。 「もう帰らなきゃ…主人が帰ってくる時間だから」 「そうか、こういう時間なら歓迎だよ、俺も楽しかったよ」 「ねぇ、最後にまたキスして」 「いいのかい?自宅の前で…」 「いいの、して…」 青白く透き通った月明かりの下、俺はウサギに唇を重ねた。 「ねぇ、平良さん…」 途端に俯くウサギから、大きな涙が二つ、三つ、次々とこぼれ落ちる。 涙声で俺に語り掛けてきた。 「どうして、主人はこんな、こんな簡単な事さえもしてくれないのかなぁ…」 ウサギは欝の苦しみに、見捨てられた寂しさに耐えていた。 そして、孤独に耐えていた。 「そんなの、私って駄目な女なのかなぁ…? こんなポンコツ女、死んじゃえば良いんだって…」 人間、本当に死にたい奴など、そういるもんじゃない。 その死にそうなほどの辛さを凌ぐために、ウサギは俺を利用していた。 そんな言い方するなよ、俺はそう口にしようとした。 しかし、その言葉を必死で飲み込んだ。 こんな時の口先だけの言葉。 何の支えにもならない。 何の優しさでもない。 俺は力の限り、ウサギを強く抱きしめた。 ウサギは声を上げて泣いた。 こぼれる涙を拭かず、絞り出すような声を上げて泣いた。 思えば、俺も孤独だった。 親戚付き合いも無い、忙しい夫婦の間に生まれた、一人っ子。 形は違えど、孤独だった。 遊びに来ていた友達が帰った後、部屋に閉じこもって泣いていた。 寂しくて、哀しくて。 そのうち、自分の感情を押し殺す術を身につけた。 寂しくても、哀しくても。 あくまで、誰にも気付かれないように押し殺していただけだ。 寂しくても、哀しくても。 気が付けば、俺もウサギを抱きしめながら泣きそうだった。 寂しさが、哀しさが解るから。 この女を、欲しい。 俺は無性にウサギを欲した。 助手席に身を委ねるウサギの唇を奪う。 右手は自然と彼女の乳房を捕らえ、揉み上げる。 同時にウサギの息が切れ、かすかに甘く呻き出す。 「やだ、やだ…」 俺は財布から小皺の寄った持ち合わせの一万円札を出し、ウサギに握らせた。 いつもと違う。 俺がウサギを欲している。 俺は無意識に、そんな行動をとってしまった。 ウサギは札に目を落とすと、うっすらと微笑みを浮かべて、 左のポケット辺りに忍ばせた。 俺はとうとう、金で女を買ってしまった。 俺はウサギの胸ボタンを開け、手を差し込む。 直に乳房を揉み、突起を指先で転がす。 ウサギは声を上げてのけぞる。 すぐ右手が俺のズボンの上に伸び、すでに固くなった俺自身を弄る。 運転席を倒し、俺はズボンのジッパーをおろす。 ウサギは俺自身を口に含み、喉の奥まで含む。 いつの間にか狭い車内で下着を降ろしたウサギ。 いつも財布に常備していたスキンを装着した俺。 熱く、甘い吐息が漏れる。 ウサギの腰が、俺の腰に沈み込んできた。 熱く濡れたウサギ自身が、俺自身をしっとりと味わう。 今まで肌を合わせてきたが、今までとは全く違う。 女のいやらしさ、妖艶さを感じる。 俺自身が感じてひくつくと、ウサギもほぼ同時に声を上げる。 嫌いだと言っていた、騎乗位。 嫌いではなく、我を忘れて取り乱すのが恥ずかしかったのだと感じた。 美しい。 計算外の、月明かりの演出。 まもなく、ウサギが声を殺して全身を震わせると、俺に枝垂れかかってきた。 俺たちは、そのまま無言でしばらく繋がっていた。 俺は、自分の意思で女を金で買った罪悪感を感じていた。 一万円の大罪。 「もう帰るね…」 ウサギは力なく車から出ると、重い足取りで自宅へと戻っていった。 俺はまだぼんやりと運転席に身を委ねていた。 甘い快楽と、苦い余韻と。 帰り道。 東名高速道路、守山パーキングエリア。 トラックで埋まる駐車場で、俺は引っかかる何かを喉の奥へ押し込むように、 缶コーヒーを飲み干す。 その時に見上げた夜空の満月には、兎は見えなかった。 汚れた俺には、やっぱり兎は見えなかった。 出発しようとした時、助手席の座布団を直そうとした時。 脇から一枚の紙が滑り落ちた。 よく見ると、一万円札。 それも小皺の寄った、使い古された札だ。 俺がウサギに渡した、あの札だった。 はっとした。 ウサギは自分のポケットに入れる振りをして、座布団の下に忍ばせたのだ。 彼女は、金で買われる事を望んでいたわけではない。 そういう発言をしたことはあっても、本意ではない。 判っていたくせに、俺は彼女に金を握らせ、買おうとした。 危うくウサギを売女にしようとした。 自分の浅はかさに、落胆した。 ウサギにメールを打った。 『渡したお金をシートの下から発見しました。 今回は自分が嫌だと言っておきながら、 お金で君を買おうとした事、本当に謝ります。』 打ち終わろうとした時、メールが割り込んできた。 ウサギからだった。 『わざわざ遠い所から来てくれて、ありがとう。 お金は座布団の下にお返ししました。 こんな私を気遣ってくれたことを嬉しく思っています。 私の心の隙間を埋めてくれて、本当にありがとう。 時には私を叱り、いつも優しくしてくれた、 そして私の寂しさをいつも理解してくれようとした、 あなたが本当に、大好き。 でもこんな壊れた不倫女に好かれても、きっと嬉しくもないでしょ? 解ってる。 <続きを受信する> 』 |
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