2006年11月02日(木) |
うみまるハイツ物語(TOQ) |
■□■ うみまるハイツ物語 其の一
天高く馬肥ゆる秋。
薄水の空を見上げて、嶋本はうんと背伸びをした。 背中の筋肉が、ぴくぴくと心地よい痛みを生む。 こんなに天気のいい日が引越し指定日だったのはラッキーだったかもしれない。 暑くもなく、然程寒いわけでもない10月下旬。 少ない荷物を持って、新生活をスタートさせるのが楽しみになってきた。
「え?俺の部屋、ないんですか?」
「仕方ないじゃない。準備してたけど、こんなになっちゃってるんじゃ」
管理人の五十嵐はふぅとため息をつき、涼やかな眼差しを向けてきた。 うっと声を詰まらせた嶋本は、そっと部屋の中を覗きこんだ。 華美でないその部屋は、悲しいかな水浸しだ。
「お掃除しようと思っていたのよ。そしたら、うっかり電話が掛かってきて、ちょっと水を止めるのを忘れていたのね」
そのまま長電話をしてしまった五十嵐が、水が溢れかえっているのに気づいたのは、2時間ほど経ってからだった。 とりあえず程度に取り付けられた簡素な洗面台から流れ出た水は、四畳半の部屋の大半を濡らしていた。 帰宅した隣室の人間が、廊下にまで溢れ出た水に慌てて管理人室に駆け込んだのだ。 「慣れないことはしないことね」 と、平然と首を竦める。
「どこかホテルでも取ってといいたいところだけど、生憎この辺り、そういうものないのよ」
「でも、俺、今日から此処に住むつもりやったから、泊まるとこあらへん」
「とは言っても、流石に私の部屋に男の子泊めるわけにもいかないし……」
か弱い乙女だからと白々言うのは耳を塞ぐことにした。 どうしたものかと暫く思案した五十嵐は、ひらめいたと言わんばかりに、ポンと手を打った。
「丁度、出張でいない人間がいるから、その部屋使いなさい」
「えっ?」
「我ながら、ナイスアイディアだわ。長期出張だから、私時々空気を入れ替えるように言われているのよ。部屋が整うまでそこで生活していればいいわ。どうせ2,3日なんだから、文句はないわよね。もちろん、部屋を借りるんだから、空気の入れ替えも、ついでに部屋の掃除もするわよね」
最後は有無を言わせない勢いで、五十嵐は綺麗な口元に弧を描いた。
「いや、でも勝手に」
自分なら、留守中に知らない人間に部屋に入られるなんてと絶対に嫌だ。 きっとここの家人も管理人の五十嵐だから頼んだことに違いない。 そんな嶋本の心内を知ってなのかどうなのか。 五十嵐はぽんと嶋本の肩を叩いた。
「大丈夫、此処の法律は私だから」
口元が笑っていても、目元はちっとも笑っていない。 「逆らってはならん」 と、本能が告げる。 嶋本は手にした荷物を床に落とし、大人しく頷いた。
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仕事中に、脳が沸点に達して完成したシリーズ?です。
これから暇があったら、ちんまり更新予定。 たまったら、また加筆修正してサイトにUPする予定です。
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