デイドリーム ビリーバー
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2004年01月17日(土) キスのかたち

エスカレーターが好きだ。

いつもは、手をつないで隣同士で歩く私達も
この時ばかりは、片側をあけて前後になる。

彼に後ろを取られると、いまだにすごくドキドキするのはどうしてだろう。
恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになるのは。


私を先に行かせて、後ろに立つ彼は
隙あらば、すぐ、おしりをさわろうとする、どうしようもないエロバカで

まあ実は私も、彼の後ろに立つと、隙あらばカンチョウしようとする
同レベルの女なんだけど

もちろん、まわりに人が全然いない時よ?

ていうか、いつから私、そんな女になったのか。
少なくとも、彼とつきあう前は、そんなキャラじゃなかったのに。

このことに関しては、ほかにも書きたいことは山積みなんだけど
今日はやめておきます。




そう、それで、彼は、そういうエロバカだけど、エスカレーターで
まわりに誰もいない時、時々

「んー、かわいい」
って、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやきながら
後ろから、私の頭に、くちづけてくる。

外だし、どう反応していいかわからないから、
私はしかたなく、うひひ、とか、ごまかすみたいに笑って、振り返ると
彼はいつも、にこにこ笑っている。
私が照れくさそうなのが、自分の予想通りで、それが嬉しいみたいな
余裕ある笑顔で。



髪の毛ごしの、直接肌にふれないキスは
肌の感覚が少ない分、なんだかとっても、気持ちが、くすぐったくって

「愛してる」
なんて言われるより、よっぽど、恥ずかしい。
とはいえ「愛してる」なんて、もうさっぱり、言われなくなってしまったけれど。



そう言えば、駅構内の改札前で、キスをしたことがある。

柱のかげに入った瞬間に、チュッて、ふれあうだけの軽いキスだから
目立たなかった思うけど、何人かには、見られたかもしれない。

その頃は、まだ、つきあいはじめて間もない頃で

彼はストレートに愛情表現をしてくれてたけど、私はそうもいかなくて
「好きー」
「あっそう」
みたいな。

今も、そんな感じに近いけど、あの頃と違うのは
ちゃんと私が、恥じらいながら、かわいく「あっそう」って言えるようになったところ。

だって、慣れてなかったし。そういう、ちゃんとした恋愛。
慣れている彼が、憎たらしくもあったし。


当時の彼は、そんな私の態度に、かなり不安だったらしく
今考えれば時々、試すような事をしていました。本人は無意識かもしれないけど。

腰に手をまわして歩いたりとか、
街中のちょっとした広場で、お姫様抱っこってやつ、突然やられたこともある。
木の裏のベンチに座っていて、ふとよそ見した瞬間
気がついたら、もちあげられてた。

冬だったし夜だったし、人もまばらだったし、木のかげだし、
一瞬のことですぐおろしてくれたけど、見てしまった人はいるはず。
あーこれじゃ、ただのバカップルだよ。気分害した人もいるんじゃないの。

だって、日本人の人前でのいちゃつきって、気持ち悪い感じのが多くない?

セックス始めたばかりで、溺れてますーみたいな10代のおこちゃまとか
脂ぎったオヤジと、その愛人、場末のスナックで知り合いましたーみたいな
カップルとか。

だからいやだった。
映画みたいに、さわやかにスマートにならいいけど
私も彼も、容姿だって人並みだし
誰が見ても、綺麗なラブシーンってわけには、多分いかないもん。

そう言って怒る私に、彼は満足げにゲラゲラ笑ってた。


あの時のキスもそう。
ある日、デートの後、改札でバイバイって言ってたら
急にキスしようとしたから、私は思わず、避けてしまって。

「なんであかんの…」
「誰かに見られるのが、そんなにいやなん…?」
彼は、予想以上にへこんでしまった。

私も最初は「だって、人が見てるし、恥ずかしいし」って
言い訳してたんだけど、そのうち

彼が本当にしたいのは、公衆の面前でのキスじゃなくて
私の気持ちを確認したいだけなんだなって

私が夢中じゃないように見えるのが、悲しいんだなって
わかったから

「だって」
って言いなおして、気持ちを切り替えた。

演技って言ってしまえば聞こえがわるいけど、
自分の中にあった気持ちの中で、彼が一番喜びそうなのを、せいいっぱい増幅させて

「だって、びっくりしたんだもん!」

今までと、少し違うニュアンスを汲み取って、彼が顔をあげた。
「だって、こんなとこでキスしたことなんかないし」

彼の前でこんな顔を見せるのは、この時が始めてだったかもしれない。
私、いつも、余裕のあるふりしてたから。

彼に主導権を握らせたら、彼は、思いのほか嬉しそうな顔になって
私の耳元でささやいた。

「じゃあ、してみる?」

恥ずかしそうに頷いたら、すぐそばの柱のかげに連れて行かれて
通り抜けるふりをしながら、軽くチュッっとされたんだけど


この時、どっちの比重が大きかったんだろう。


彼に主導権を「握らせてやった」と思う私と、「握られた」と思う私。
キスをして、照れたふりをした私と、本当に照れてしまった私。

かわいくないけど、多分、前者の方が、圧倒的に大きかった。
でも、後者の方が、彼は好きみたいだったから


いまや、恥ずかしそうに怒るのが、私の本心なのか演技なのか
まったくわからない。クセみたいになってしまっていて。

彼の嬉しそうな顔が見たくて、私はしょっちゅう、恥ずかしそうに怒ってる。




人がいる場所でキスしたのは、これが最後。

彼も最近では、腰に手をまわして歩いたりしない。
たまに、歩いてて、からかうみたいに手をまわしたりはするけど
ずっとそれじゃ、疲れるみたいで、もっぱら手をつなぐだけ。

人前で、私を試すようなこともなくなった。

だけど、飽きとか、倦怠期にはまだまだ遠いらしく
つきあいはじめより今の方が、格段に楽しい。




先週、デートの後
2年前キスをした、あの改札にむかって、二人で走った。

話に夢中になっていて、帰りの電車に乗り遅れそうで。

二人で、ゲラゲラ笑いながら走って
改札の少し手前、走るのやめて早歩きしながら、ICカード出して

「じゃあね」
って言った私に
「気をつけて」
なんて言いながら

彼がふと、顔を私に近づけて


私もつい、つられて、首をかしげるみたいにして


彼のキスを受けてしまった。早歩きの足は、そのままに。



実は、キスしたことに気付いたのは、電車に乗り込んでからだった。
キスしてそのまま、改札抜けて、一度振り返ってバイバイって手を振ったら
彼が、急げっていうみたいに、笑いながら、シッシッて手をやって

また慌ててホームまで走って
電車に滑り込んで、一駅過ぎた頃、
くちびるに残る、ぬくもりみたいなのを感じて

あれ?私、さっきキスした?って。


あまりに自然で気づかなかった。
まるで車の中や、ホテルで、人目を気にせずさりげなくする時みたいなキスで。

誰かに見られてたんじゃないの、って思って、車内を見回したけど
誰とも目が合わなかったから、誰も見てなかったことにしようと思ったけど

正直、あの混雑した駅の改札で、それはかなり苦しい言い訳で。

またやってしまった。
お目汚し。


目撃してしまった人、ごめんなさい。
ハリウッド映画の格好いい俳優ならともかく、それなりにいい年した純日本人が。

すぐに忘れてーなんて思いながら、しばらく、顔をあげられなかった。
せめて、今日は、少し綺麗な格好してきていたのが、多少の救い。



家について、彼に
キスしちゃったねえとか、そういうメール
送ろうかと思って、少し文章うってみたけど

やっぱり消して、おやすみだけにした。



せっかく、素敵なキスだったから

キスしたことに気づかないぐらい
とても自然で、素敵なキスだったから

今も気づいてないふりしようかなって。
彼に対してじゃなく、自分に対して。

気づかないぐらいのキス。
忘れてしまうほどの、軽いキス。
そういうキスをできるようになった二人ってのも、いいなあと思って。

だから、このキスは、忘れてしまおう。



このキスは、きっと

これから何百回、何千回となく彼とする、たくさんのキスのうちの一つ。




ただ、一つ心配なのは
こういうキスは本当に今日が初めてだったのか、ということです。

もしかしたら、今までにも何度か、してしまっているのかもしれません。
だとしたら、本当に二重にごめんなさい。
私だって、人並みの羞恥心とか常識とかは、あるつもりなんです。
言い訳になりませんが。


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