きまぐれがき
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中学時代のクラスメートだったF君が、富士山の裾野にある 「種豚センター」というようなところで働いていると訊いたのは、 中学を卒業してから7・8年が経った頃のクラス会でだった。
種豚センターとは、消費者に安全で上質な豚肉を提供すべく、 品種の改良などを行なう所らしいが詳しくは知らない。 F君はそこで生まれた豚が、食肉になるために売られて行くまでの 世話をしているのだという。
豚が、どんなに可愛いかという話をし、別れの時はそりゃぁ辛い、 豚も自分の運命を察するんだ、と言った。
親のように成長を見守り、立派に大きく育て上げたところで手放すのだ。 それに豚の行き先は、未来を望めない屠殺場だ。 限りある短い命の傍での日々は、仕事とはいえどんなに心痛むことだろう。
スポーツマンで、いつも明るく爽やかで、休み時間にはちょこんと机に 腰掛け、面白い話をしては取り巻く女の子たちを笑わせていたF君は おばあちゃんとの二人暮しだった。 そのおばあちゃんは高校の時に亡くなり、F君は天涯孤独になったと やはりクラスメートの一人から訊いていた。
誰かの『ドナドナドナの世界だね』と言う声に、F君は相変わらず 爽やかに笑った。 そんなF君の笑顔を見ていたら、中学時代ダイナミックなテニスの プレーで他校の女生徒までも熱狂させた勇姿と、富士山を背景に、 遠くに去って行く豚を見送るF君の姿とが、目の前を交互に浮かんでは 消えて行った。 その途端、どうしたのだろう。私の心は、涙の雨でザァザァ降りと なってしまったのだ。
そしてこの日から、豚肉を食べることができなくなった。
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