きまぐれがき
目次|past|will
夕方の電車は学生でいっぱい。 なんだか懐かしい、埃と汗の入り混じった臭いが充満していた 部活の部屋を思い出しながら、座席でぼんやりと本の頁を 繰っていると、どうも隣の席からの視線を感じてしかたがない。
頭を動かさずそっと横目で見てみる。 さっきまで、私の肩にほとんど頭をもたせ掛けるようにして居眠り をしていた女子高生が、すっかり目覚めたらしい。 もう私の肩に頭は乗っていないが、こちらの手元の本をひかえめに... どころか、堂々と見ている。
「いいおばさんが、若い子の本なんか見て〜」と思っているのだ。
この本は、友人と待ち合わせの時間よりも早く目的地に着いて しまった為、通りかかった本屋で時間つぶしに買ったばかりだ。 同じシリーズの本を持っていたので、小ぶりでカラフルな装訂が すぐ目に入り、内容をよく見もしないで買ったのだ。
パリに住むクリエーターたちのアイデァが一杯詰まっているアトリエ の写真が満載で、出来上がった作品を見るよりも仕事場を覗くのが 好きな私には、見ているだけで楽しくなるうってつけの本だった。
女子高生の見やすいように、本の向きをちょっとずらせてあげる。 それにしても、この本のどこがそんなに気になるのだろう。 一心に見入っている様子が伝わってくる。
どうしよう、私は次の駅で降りなければならないの...... 「続きが見たかったら本屋さんで探してみてね....」の言葉にかえて、 思いきって頁を閉じ、表紙のタイトルを読めるようにしてあげる。
すると女子高生は、本から目を離したのか、私に寄りかかっていた 身体の重心をたてなおしたので、私の身体はいっきに軽くなり 涼しくなった。
ホームを歩きながら、通り過ぎて行く電車のさっきの座席を見ると、 あの女子高生は前かがみになって頭をガクンと下げ、もう眠りこけていた。
|