きまぐれがき
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2004年02月04日(水) 1月のある日 能登半島 (2)

目覚めると今日も雪。
窓から眺める七尾湾は灰色に霞んでいる。

 

輪島行きのバスはペコちゃんと私だけを乗せて出発。
朝市は休みだと訊いていたのに、ペコちゃんが突然輪島に行くと部屋を
飛び出したので、私はスニーカーを履くまもなく、かかとをふんずけた
まま旅館を出て、バスに間に合ったのだ。

バスは能登半島を横切るかたちで、雪が吹き付けるなかを輪島へと
向かう。窓から見下ろす山間の村は、深い雪につつまれ静寂に支配
されているかのよう。

輪島のバスターミナルの辺りには、人一人いない。
道の遠くを見渡しても人影は見えない。地図を頼りに輪島塗のお店
を訪ねて、積もった雪をざくざくと踏みしめながら歩いて行く。
何軒か見て歩いても、値段的に手が届くのは手鏡かお箸ぐらいだ。
輪島塗は高価だねぇと認識を新たにしたようなものだけど、工程を
知れば致し方がないのかなぁとも思う。

朱色地に手書きの桜が描かれた手鏡が気に入ったので、ケースから
出して見せてもらう。
「これは塗りむらですか?」とくぐもった箇所を指差すと
「多分指紋か何かで.....」
店員さんがその箇所に、ハァーと息を吹きかけ布で拭きはじめたとこ
ろ、手を滑らせたのか手鏡はピユーンと2m先に飛んでいき床に落下
した。
私とペコちゃんは同時にギャ!と声をあげて、落ちた手鏡を見つめる。
店員さんは「こんなことはべつに珍しいことではないです」とでもいう
ように、ゆったり歩いていって拾って戻ってくると、床に当って塗りが
剥げてしまった部分を撫ぜながら「別の模様で気に入ったがあれば.....?」
と、無表情で言った。
動揺しているのは、私とペコちゃんだけのようだった。

もったいないな〜〜 ごくりと唾を飲み込みたくなるところだ。
でもやっぱり、この桜模様が欲しかったので、手鏡の入っている箱を
一つ一つ開けて探してもらい、やっと同じものが見つかった時には、
「あった!」と思わず声をあげて喜ぶと、ずっと冷静だった店員さんも
喜んでくれた。
ペコちゃんはというと、お箸を一膳選ぶにも塗りの仕方から模様の入り
具合まで、こんこんと説明をしてもらってから買っていた。



帰りのバスも乗客は私たち二人だけだった。


一旦和倉に戻ってから七尾城址へ、今度はタクシーで行く。
東京の白金にある、荏原製作所の創業者でいらした畠山一清氏の
コレクションを収蔵した畠山記念館は、親戚の家に行くたびにその前を
通るので、よく立ち寄っては展示してある国宝や重要文化財の茶道具や
書画などを見せていただいていた。

(白金にある畠山記念館のHP)
http://www.ebara.co.jp/culture/hatakeyama/index.htm

なので、先祖にあたる能登守護大名だった畠山氏の居城があった七尾
城址には、かねがね行ってみたいと思っていたのだ。

タクシーの運転手さんは、能登畠山氏と上杉謙信との合戦の様子を、
武将の声色まじりで話してくれる。
私は上杉謙信がどんな武将だったか忘れてしまったので、学生の頃に
読んだ「天と地と」を思い浮かべて、頭の中で頁を繰っていくが、
毘沙門天の「毘」の旗印しか思い出せないのだった。
運転手さんの話はどんどん熱がこもってきて、ハンドルから両手を離して
ジェスチャーまで入るようになったので「お願いだから手を離さないで」と
怯えてしまったよぉ。

それにくわえて、後ろのシートにいる私たちの反応を確かめるように、
頻繁に振り向くのだもの、狭い雪道なので怖い。
こちらに振り向かせないように、私は懸命に相槌をうち、ついに落城する
ところでは絶望して悲しみ、ちょっと大げさに反応を示してみたりした。

城址は雪が深くて登っていくことが出来なかったので、麓にある城史
資料館で刀や武具、冷泉家からの文など展示品を見て周る。
白金の記念館でおなじみの、畠山家の○の中に二が入った家紋を、懐かし
い思いで眺めたりもする。

お隣には180年前の庄屋の茅葺きの住居が、当時のまま保存されている
ので、内部を見学。
ここでは、おじさんが付きっきりで展示品を一つ一つ説明してくださる。
ペコちゃんはこの時代には興味がないのか、話に聴き入ると言うことが
できないらしく、展示品の着物をさわろうとしたり、器を持ち上げよう
としたり態度が悪いったらないので、にらみ付けると「なんで?」という顔
をしたので、さらに思いっきりにらむ。
また落ち着きなくバシッバッシとストロボをたいて、展示品を撮りまく
っていくので「そんなことばかりしていないで、ちゃんと説明を聴いたら
(怒)」
小さな声で言ったつもりが、なにしろ3人しかいない6畳間なので
おじさんに聞こえてしまったらしい。
「いいですよ。どうぞどうぞ。写してくださいね〜」と機嫌よく撮影を許して
くださる。

「ああこれこれ、これは撮らなくてもいいんじゃないですか。天井裏に
むささびが住み着いて、天井板に穴を開けたものですから。
フンが落ちるんですよ」
次の間へ移動したところ突然出現した、畳の上に広げてある新聞紙は、
そういう訳だったのだ。

待っていてもらったさっきのタクシーで旅館へ。
帰りも運転手さんは、派手なジャスチャーで私たちを怯えさせたが、
楽しい気分にも充分ひたれたので、またここに来たいという思いが
ふつふつとわいてきたのだった。


ペコちゃんが寝たあと、私は一人で館内にあるシアタークラブとかいう
ところへ、雪月花歌劇団なるもののショーを観に行った。
お色気ショーを期待しているらしい酔っぱらったおじさんたちの団体や
家族連れ、カップルに混じって、一人で観に来ているのは私だけだ。
隣の席にいた熟年カップルは不倫旅行なのかもしれない。
男が、ゆかたに厚化粧付け睫毛ばっちり女に
「うちのおかあちゃんはな...」
「うちのおかあちゃんがな...」とおかあちゃんの話を盛んにしている。
こんなルール違反をおかしている男を愛してしまったらしい女は、動じ
る様子もなく黙ってしなだれかかっているうちに、男の膝の上にうずく
まってしまった。

おじさんたちの野次など何処吹く風の品行方正なレビューは、解散した
OSK日本歌劇団のメンバーだったのねと、帰宅後にネット検索で知っ
たのだが、あきらかに客層の異なる環境、彼女たちの心中は複雑だろう
なぁ。

今夜も「美しい魂」の続きをよんでいるうちに、眠りの中へ。


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